透明樹脂の光学特性は何で決まるのか? - 屈折率・散乱・複屈折・黄変が生まれるメカニズム -
透明樹脂を用いた部品設計において、多くの場合は「透過率が高いかどうか」という指標だけで材料が評価されがちです。しかし、光学部品や視認性が求められるハウジングの設計・成形において真に理解すべきは、「光が樹脂内部をどのように通過し、どこで散乱し、どのような要因で歪むのか」という光学現象そのものです。
透明性は材料固有のスペックだけでなく、成形プロセスによって大きく変化します。本コラムでは、透明樹脂の光学特性を支配するメカニズムを体系化し、材料選定、金型設計、成形条件の観点から、光学品質をコントロールするための理論的基盤を府中プラが解説します。
透明樹脂における “光学特性の正体”
透明樹脂における「透明性」とは、入射した光が材料内部で散乱・吸収されずに直進透過する性質を指します。物理的には、透過率、ヘイズ(曇価)、屈折率といったパラメータのバランスによって決定されます。
透過・吸収・散乱のバランスで透明性は決まる
物体が透明であるためには、入射した光(可視光領域:波長約400〜700nm)が材料内部で吸収されず、かつ進路を曲げられずに直進して通過する必要があります。
まず、樹脂材料そのものが持つ化学構造によって、特定の波長の光を吸収するかどうかが決まります。可視光領域に吸収帯を持たない樹脂は、基本的に無色透明となります。
次に重要なのが「散乱」です。光が直進せずに多方向に拡散してしまうと、人間の目には白濁して見えます(ヘイズの上昇)。散乱の主な原因は、樹脂内部における屈折率の不均一性です。異物、ボイド(気泡)、フィラー、あるいは結晶構造などの「光学的異物」が存在すると、その界面で光が反射・屈折を繰り返し、透明性が失われます。
PMMA(アクリル)、PC(ポリカーボネート)、PEI(ポリエーテルイミド)、PPSU(ポリフェニルサルホン)などの非晶性樹脂が高い透明性を持つ理由は、分子配列がランダムであり、光を散乱させるような屈折率の異なるドメイン(領域)が存在しないためです。均一な媒質として光を直進させる構造を持っているといえます。
結晶性が透明性を阻害するメカニズム
一方で、PP(ポリプロピレン)やPE(ポリエチレン)などの結晶性樹脂は、通常、乳白色や半透明に見えます。これは結晶化に起因する光学的現象です。
結晶性樹脂の内部には、分子が規則正しく配列した「結晶領域」と、ランダムな「非晶領域」が混在しています。問題は、この結晶領域と非晶領域で密度が異なり、それに伴って「屈折率」が異なることです。光が樹脂内部を通過する際、屈折率の異なる領域の界面を無数に通過することになり、その都度光が屈折・反射されて散乱が生じます。
特に、結晶のサイズ(球晶サイズ)が可視光の波長(400〜700nm)と同程度かそれ以上になると、散乱(ミー散乱など)が顕著になり、白濁して見えます。逆に言えば、結晶性樹脂であっても、結晶サイズを光の波長よりも極めて小さく制御するか、あるいは結晶と非晶の屈折率差をなくすような分子設計を行えば透明になります。LCP(液晶ポリマー)の一部やTPX(ポリメチルペンテン)などが特殊な条件下で透明性を示すのは、こうした光学的制御によるものです。
透明樹脂の主要光学パラメータと“物理的意味”
光学部品を設計する際、カタログスペックとして記載される数値にはそれぞれ物理的な意味があり、用途によって重視すべき項目が異なります。
屈折率(n)── “透明度”ではなく“光の曲がり方”を決める性質
屈折率(n)は、真空中における光の速度と、物質中における光の速度の比で表されます。簡単に言えば「光をどれだけ曲げる力があるか」を示す指標です。
屈折率は樹脂の密度や分子の分極率(電子の偏りやすさ)に依存します。一般的にベンゼン環などの芳香族を含む樹脂(PC、PSなど)は屈折率が高く、脂肪族のみの樹脂(PMMAなど)は低くなる傾向があります。
- PMMA:n ≒ 1.49
- PC:n ≒ 1.58
屈折率が高いPCは、薄いレンズでも光を強く曲げることができるため、レンズの薄型化に有利です。一方、PMMAは屈折率が低いため表面反射が少なく(フレネル反射)、透過率が高くなりやすい特徴があります。同じ透明樹脂でも、レンズとしての設計自由度や光路設計において、屈折率の違いは決定的な差となります。
複屈折(Δn)── 内部応力が光を歪めてしまう現象
光学部品の射出成形において最も厄介な問題が「複屈折」です。これは、光が入射する方向(偏光方向)によって屈折率が異なる現象を指します。
通常、非晶性樹脂は等方性(どの方向も屈折率が同じ)ですが、射出成形時の流動によって分子鎖が一方向に引き伸ばされて配向したり、冷却時の収縮差によって内部応力が残留したりすると、材料内部に光学的異方性が生じます。
複屈折が発生すると、通過する光の位相がずれ、像が二重に見えたり、偏光を利用する機器(液晶ディスプレイや光ディスクのピックアップレンズなど)では機能不全を起こしたりします。カタログ上の透明度が高くても、成形条件によって複屈折が大きくなれば、精密光学部品としては使用できません。
ヘイズ(散乱度)── 表面粗さと内部欠陥の総合指標
ヘイズ(曇価)は、全透過光に対する拡散透過光の割合を示します。数値が小さいほどクリアな透明性を意味します。
ヘイズが悪化する要因は主に2つあります。一つは「表面散乱」です。金型表面の粗さが転写されたり、離型剤の残渣が付着したりすることで表面が微細に荒れ、すりガラス状になる現象です。もう一つは「内部散乱」です。前述した結晶化、フィラー、微細なボイドなどが原因です。成形不良であるウェルドラインやフローマークも、局所的な屈折率変化による光散乱として捉えることができます。
アッベ数(νd)──「色収差」を決める指標
アッベ数は、光の波長による屈折率の変化度合い(分散)を示す指標です。
プリズムに光を通すと虹色に分かれるように、屈折率は波長によって異なります。この差が大きい(アッベ数が小さい)と、レンズを通した像の色がにじむ「色収差」が発生します。
- PMMA:アッベ数 50〜60程度(高アッベ数=低分散)
- PC:アッベ数 30程度(低アッベ数=高分散)
PMMAは色にじみが少なく、PCは大きくなる傾向があります。カメラレンズや高精細な光学系においてPMMAやCOP(シクロオレフィンポリマー)が好まれるのは、このアッベ数の高さが理由の一つです。PCは強靭ですが、単玉レンズとして使うと色収差が目立つため、補正が必要になる場合があります。
透明性を劣化させる因子 ─ 内部で何が起きているのか
透明樹脂製品が白濁したり、黄変したりする場合、内部では光学的な劣化が進行しています。
内部応力(残留応力)が屈折率を乱す
成形時に生じる残留応力は、前述の複屈折(Δn)を増大させます。これを「光弾性」と呼びます。応力がかかった部分の密度が変化し、屈折率が変わる現象です。
特にPCやPSなどの芳香族系樹脂は「光弾性係数」が大きく、わずかな応力でも大きな複屈折(光学歪み)が発生しやすい性質があります。冷却速度の不均一や保圧のかけ過ぎによる応力集中箇所では、透過像が歪んだり、偏光板を通すと虹色の模様が見えたりします。精密光学成形において金型温度を高く設定し、ゆっくり冷却するのは、この応力を緩和し、屈折率を均一にするためです。残留応力の低減手法については、「成形不良」カテゴリの「反り・変形」対策とも共通する重要な技術です。
微細ボイド・ウェルドラインの存在
目に見えないレベルの微細なボイドやウェルドラインは、光学的には「屈折率が不連続な界面」として機能します。
ボイド部分の屈折率は約1.0であり、樹脂(約1.5)との差が非常に大きいため、界面で全反射や強い散乱が起きます。ウェルドラインも、分子配向が不連続になっているため、光にとっては障壁となり、透過率を低下させ、ヘイズを上昇させる要因となります。
分子劣化(黄変・酸化・架橋)
透明樹脂が黄色く変色する「黄変」は、分子構造の変化による光吸収特性のシフトです。
PCの場合、紫外線や熱によってカーボネート結合が光分解を起こし、可視光の青色領域を吸収する構造が生成されることで、補色である黄色に見えるようになります。
一方、PPSUやPEIといったスーパーエンプラは、もともと分子構造内に強い電子相互作用を持つため、可視光の一部を吸収し、初期状態から琥珀色や黄色味を帯びています。これは劣化ではなく材料固有の吸収スペクトルですが、成形時の熱滞留によって酸化や架橋が進むと、さらに色が濃くなり、透過率が低下します。
光学特性を左右する“成形と金型の要因”
優れた光学材料を選定しても、成形プロセスが不適切であれば所望の光学性能は得られません。
金型温度が透明性を決定する理由
光学部品の成形において、金型温度は通常の成形よりも高温に設定されます。これには明確な光学的理由があります。
金型温度が高いと、充填後の樹脂の冷却速度が遅くなります。樹脂が溶融状態にある時間が長くなるため、流動中に引き伸ばされた分子鎖が元のランダムな状態に戻る「緩和」が進みます。これにより配向が解消され、複屈折が低減します。また、金型表面の微細な形状転写性も向上し、表面散乱によるヘイズを抑える効果もあります。逆に金型温度が低いと、表面に急冷層(スキン層)ができ、内部との密度差や配向残りによって光学歪みや白濁が発生しやすくなります。
流動履歴が“光路”を決める
ゲート位置と充填速度は、樹脂の配向方向、つまり「光学軸」を決定します。
光学レンズなどでは、光が通過する中心部分にウェルドラインやゲート跡が来ないように設計するのが鉄則です。しかし、それだけでなく、流動による分子配向がレンズの放射方向に対して対称になるようにゲートを配置しなければ、非点収差などの光学収差の原因となります。
また、充填速度が速すぎるとせん断発熱や配向が強くなり複屈折が増大し、遅すぎるとフローマークなどの表面欠陥が生じるため、光学特性を最優先した狭い成形ウィンドウの中での条件出しが求められます。
材料乾燥が光学性に直結する理由
材料の予備乾燥は、加水分解による物性低下を防ぐだけでなく、光学特性の維持にも直結します。
水分を含んだ状態で溶融すると、加水分解により低分子量の成分が生成されたり、シルバー(銀条)が発生したりします。シルバーは樹脂表面に気泡が引き伸ばされた微細な凹凸を作るため、光を乱反射させる強力な散乱源となります。また、低分子成分が焦げて炭化物(黒点)になると、光を吸収する欠陥となり、レンズや導光板としての機能を著しく損ないます。
透明樹脂における材料選定のロジック
用途に応じて最適な透明樹脂を選ぶには、透過率だけでなく、屈折率、複屈折、アッベ数、耐熱性などの光学パラメータを総合的に判断する必要があります。
(A) 光学レンズ・導光板用途に向く樹脂
可視光を忠実に透過・制御する必要がある用途です。
- PMMA:透過率が最も高く(約92%)、複屈折が小さく、アッベ数が高い(色にじみが少ない)。耐候性も高いため、屋外照明レンズ、導光板、車載ディスプレイカバーなどに最適です。ただし、耐熱性と吸水寸法変化に課題があります。
- PC:高屈折率で薄型化が可能、かつ耐衝撃性が高い。スマートフォンレンズ、ヘッドランプカバー、保護メガネなどに使用されます。複屈折が大きいため、精密な結像性能よりも強度や耐熱性が優先される場合に選ばれます。COPやCOCなどのオレフィン系は、PMMAに近い光学特性とPC以上の低吸水性を持ち、精密レンズでの採用が進んでいます。
(B) 高耐熱×透明性が必要な用途
光学特性よりも、高温環境下での視認性維持が求められる用途です。
- PEI:高い屈折率と耐熱性を持ちますが、素材自体が琥珀色です。医療機器や理化学機器など、滅菌処理や高温薬品に晒される環境で、内部の液体や反応を確認する用途に適しています。
- PPSU:PEI同様に琥珀色を帯びますが、耐加水分解性と靭性が極めて高く、繰り返し蒸気滅菌が必要な医療用コネクタやトレイの蓋などで、内容物確認のために使用されます。これらは「無色透明」であることよりも「過酷な環境で透明性を維持すること」が価値となります。
(C) 化学・流体可視化用途
耐薬品性と透明性のバランスが重視される用途です。
- PSU / PES:琥珀色透明。耐酸・耐アルカリ性が比較的高く、温水環境にも強いため、水処理フィルターのハウジングや食品製造ラインのサイトグラスなどに利用されます。
- TPX:結晶性でありながら高い透明性を持ちます。屈折率が低く、離型性に優れ、ガス透過性が高いという特殊な性質があります。実験器具(ビーカー)や、LEDモールドの離型フィルム、ガス分離膜モジュールなどに使用されます。
まとめ
透明樹脂の光学特性は、単なる「素材の透明度」だけで決まるものではありません。光が物質内部を通過する際の「屈折」、「散乱」、「吸収」、「複屈折(偏光)」という物理現象の結果として現れます。
設計者と成形技術者は、カタログ値としての透過率だけでなく、使用する光の波長、許容される色収差や複屈折、そして使用環境(熱・湿気)を考慮して材料を選定する必要があります。さらに、金型温度や流動制御によって分子の配向や内部応力をコントロールしなければ、材料本来の光学性能を引き出すことはできません。
府中プラでは、こうした光学メカニズムに基づいた金型設計と成形条件の最適化により、レンズから可視化ハウジングまで、要求される光学品質を満たす成形品を提供します。




