なぜ外観不良は再現しないのか? - 流れの揺らぎ(非定常流動)が引き起こすトラブルの正体 -
射出成形における外観不良の原因を探る際、多くの技術者は成形条件の設定値や金型設計の静的な寸法に目を向けます。しかし、条件を一定に保っているはずなのに不良が発生したりしなかったりする、あるいは対策を講じても完全には解消しないというケースがあります。この解決困難な現象の背後には、多くの場合「非定常流動」が存在します。
非定常流動とは、樹脂の流れが時間とともに微細に変動し続ける現象です。シルバー、フローマーク、光沢ムラ、ウェルドラインの目立ちなどは、単一の要因だけでなく、この流動の「揺らぎ」によって悪化・顕在化します。
本コラムでは、設計者や成形技術者が実務で活用できる概念として、非定常流動と外観不良の関係を体系化します。流れの安定性という視点を持つことで、原因不明のトラブルに対する解像度は飛躍的に高まります。
非定常流動とは何か —— 成形現場で実際に起きている“流れの揺らぎ”
射出成形を理論的に学ぶ際、樹脂は一定の速度と圧力で金型内を満たしていくものとして扱われます。しかし、実際の成形現場において、完全に均一で安定した流動は存在しません。
射出流れは本来“安定していない”
射出成形機の設定画面上では、射出速度や圧力は一定の数値で制御されているように見えます。しかし、物理的な実態として、溶融樹脂は温度、圧力、せん断速度によって粘度が刻一刻と変化する「非ニュートン流体」です。
樹脂は生き物のように挙動を変えます。スクリューが前進する際、樹脂の溶融状態のわずかな不均一や、金型壁面との摩擦抵抗の変化により、流動先端(フローフロント)の速度や圧力は常に微細に振動しています。この時間的な変動こそが「非定常流動」です。設備が一定の出力をしようとしても、樹脂側の抵抗が変動するため、結果として流れに揺らぎが生じます。
金型キャビティ内で起きる3つの非定常現象
金型内部では、主に以下の3つの要素が複雑に絡み合い、非定常な挙動を生み出しています。第一に「フローフロント速度の変動」です。金型内の温度ムラや製品形状の変化により、樹脂が流れる際の抵抗は場所ごとに異なります。これにより、フローフロントの進行速度は加速と減速を繰り返し、微細な脈動を起こします。第二に「ベントの状態変化」です。金型のベント(ガス抜き)能力は一定ではありません。前のショットで発生したガス残渣の付着状況や、金型温度による熱膨張、型締力のわずかな変動によって、排気効率はショットごとに変化します。ガスの抜け方が変われば、樹脂の充填挙動もまた変化します。第三に「樹脂の熱履歴差による粘度揺らぎ」です。シリンダー内で溶融した樹脂は、場所によって受ける熱履歴が異なります。スクリューフライトの近くと溝の底では滞留時間やせん断発熱量が異なるため、射出される樹脂の粘度には微小なムラが含まれます。これがキャビティへ流入する際、流動性の揺らぎとなって現れます。
非定常流動は“可視化されない不良原因”である
一般的な外観不良対策は、「条件を一定にする」ことを前提としています。しかし、流れそのものが本質的に一定ではないため、「再現しない不良」や「時々発生する不良」が起こります。
設計者が特に誤解しやすいのは、CAE(流動解析)の結果と現実の乖離です。解析の多くは理想的な定常状態を計算しますが、現実は非定常です。「条件変更では直らない不良」が存在するという事実は、この非定常性に起因しています。
非定常流動が引き起こす主要外観不良
ここでは、代表的な外観不良を「非定常流動(揺らぎ)」という視点から再定義します。
シルバーストリーク(銀条)
シルバーストリークは、一般に材料中の揮発成分や空気が気泡となり、表面に引き伸ばされて発生すると解説されます。しかし、気泡が存在するだけでは必ずしも目立つ不良にはなりません。問題は、非定常性による「パターンの乱れ」にあります。
樹脂の粘度が揺らぐと、気泡の引き伸ばされ方が不均一になります。また、フローフロント速度の脈動により、表面に形成される筋状パターンの周期が乱れます。さらに、ベントからの排気量が変動することで、ガスが残留する位置や量がショットごとに変化し、銀筋の濃淡が揺らぎます。このベント排気の変動については、「成形不良」カテゴリのベント不良解説コラムでも詳しく述べていますが、外観品質を左右する隠れた主要因です。つまり、シルバーは単なる気泡の跡ではなく、流動の乱れによって気泡が不規則に配列された結果、視覚的に強調された現象といえます。
フローマーク
フローマークは、波状や縞状の模様が現れる不良です。この現象の核心は、フローフロントにおける「固化と流動の周期的変動」にあります。
射出初期の樹脂温度が安定しない場合や、スクリューの応答遅れによって射出速度に脈動が生じると、フローフロントが「進む・止まる(冷える)」という挙動を微細なサイクルで繰り返します。この速度変動により、金型への転写が良い部分と悪い部分が交互に発生し、縞模様が形成されます。これもまた、典型的な非定常流動の結果です。
光沢ムラ・艶ムラ
光沢ムラは、金型表面の転写性が場所によって異なることで生じます。これも「冷え方」の非定常性が大きく影響します。
フローフロントが通過する際、金型表面温度の微小なムラや、樹脂圧力の変動があると、樹脂表面の固化層(スキン層)の形成状態が変わります。スキン層の厚みや結晶化度が場所ごとに揺らぐことで、表面の微細な凹凸状態が変化し、光の反射特性が不均一になります。ショットごとに光沢の出方が違う場合は、金型温度調節や充填圧力の安定性に問題がある証拠です。
ウェルドライン外観の悪化
ウェルドラインは樹脂の合流部に発生しますが、その「目立ちやすさ」は非定常性によって悪化します。
合流点における樹脂温度がショットごとに変動すると、融着度が安定しません。また、流動バランスが揺らぐことで合流位置が左右にふらつき、ウェルドラインが直線ではなく蛇行する場合があります。さらに、合流角度が変動することで、ウェルドラインの深さや幅が変わり、視覚的に濃く見えたり薄く見えたりします。ウェルドラインが「いつもより汚い」と感じる場合、それは合流挙動の不安定さが原因です。
非定常流動が起きる根本原因
なぜ、これほどまでに流れは揺らぐのでしょうか。その根本原因を、設備、材料、金型、形状の4要素から整理します。
温度変動:樹脂は“熱履歴”によって性質が変わる
樹脂の粘度は温度に強く依存しますが、シリンダー内の樹脂温度は決して均一ではありません。ヒーターからの伝熱、スクリュー回転によるせん断発熱、そして滞留時間のバラつきにより、射出される樹脂は「熱履歴のムラ」を持っています。
また、ホッパードライヤー内での乾燥状態のバラつきや、材料ロット間の微妙な特性差も影響します。これらが複合し、溶融樹脂の流動性が時間的・空間的に変動するため、結果として射出される樹脂の挙動が揺らぎます。
圧力変動:射出装置の“微細な脈動”
射出成形機の制御技術は進化していますが、それでも微細な圧力変動は避けられません。油圧ポンプの脈動や、電動サーボモータの制御周期に伴う微細な振動が存在します。
また、スクリューの逆止弁の閉鎖タイミングがショットごとにわずかにずれることで、有効な射出量や圧力が変動します。さらに、スクリュー背圧の安定性も、可塑化された樹脂の密度(固液混在状態)に影響を与え、充填時の挙動を不安定にします。
金型側の非定常:局所温度ムラ × ベント状態
金型温度調節機の設定が一定でも、キャビティ表面の温度は成形サイクルの中で激しく上下動しています。特に冷却回路から遠い場所や、熱がこもりやすい形状では、ショットごとの温度再現性が低下します。
加えて、ベントの詰まり具合は常に変化しています。ベントは完全に詰まるか開くかの二択ではなく、樹脂ガスの付着と内圧による吹き飛びを繰り返しながら、部分的に開閉しているような状態です。このような排気状態の変動が、フローフロントの抵抗を変化させ、外観不良をランダムに発生させます。
流路形状による“敏感構造”
製品形状そのものが、非定常流動を増幅させる「敏感な構造」になっている場合があります。例えば、極端な肉厚変化がある場所、長い流動距離を持つ薄肉部、複雑なリブ構造などは、わずかな粘度差や圧力差で流動パターンが大きく変わります。このような形状は、外部環境の些細な変化を敏感に拾ってしまい、外観の揺らぎとして増幅して出力します。こうした形状リスクは、流動解析(CAE)を用いることで、設計段階で「揺らぎの敏感点」として特定することが可能です。
外観不良が“時々発生する”理由 —— 再現しない不良の正体
現場を最も悩ませるのが、「再現性のない不良」です。これも非定常流動の視点で解明できます。
工程を変えても直らない不良は、非定常流動の可能性
成形条件を調整して一時的に良品が出ても、しばらくするとまた不良が発生する。これは、調整によって平均的な流動状態は改善されたものの、変動幅(揺らぎ)自体は解消されていないためです。変動のピークが許容範囲を超えたときに、突発的に不良が再発します。
設計者が見落としやすいポイント
設計者は図面やCAE結果という「定常状態」を基準に判断しがちです。しかし、実際の成形では、開始直後と連続運転時、あるいは朝と昼の環境温度差などで、流動状態は常に変化しています。設計段階で「ギリギリ成立する」条件は、量産時の非定常な変動によって容易に破綻します。
ベント・ガス・温度ムラは“揺らぎの増幅器”
ベントの排気不良や局所的な温度ムラは、流動の揺らぎを増幅させる装置として働きます。ガスがスムーズに抜けない場合、フローフロントはガス圧によって不規則にブレーキをかけられます。この不規則な減速が、シルバーの濃淡や光沢ムラの強弱として製品表面に記録されます。複数の非定常要因が重なったとき、原因不明の複合不良として現れます。
非定常流動を抑えるための設計・金型・成形アプローチ
外観品質を安定させるためには、この「揺らぎ」を最小化するアプローチが必要です。
設計:流動の“敏感点”を作らない
設計段階では、流動が不安定になりやすい形状を避けることが重要です。肉厚の急激な変化を避け、テーパーをつけることで、流速の急変や乱れを抑制できます。また、深いリブやボスなどの突起物は、流れを分断し乱流の起点となるため、配置や形状に配慮が必要です。合流角を緩やかにし、スムーズな流れを促す設計は、非定常流動の影響を受けにくい頑健な設計といえます。
金型:局所的な温度・ベントの安定性を確保する
金型設計では、キャビティ全体の温度バランスを均一化し、局所的なホットスポットやコールドスポットを作らないことが、光沢ムラや隠れウェルドの防止に直結します。また、ベントは、単に設けるだけでなく、メンテナンス性や排気容量に余裕を持たせ、「常に安定してガスが抜ける状態」を維持することが重要です。真空引きシステムの導入なども、排気の安定化に有効な手段です。
成形:射出条件の“安定性”を優先する
成形条件の設定においては、極端な充填速度や圧力設定を避け、機械の制御が安定しやすい領域を使用します。射出開始から保圧への切り替え(V/P切替)をスムーズに行い、速度・圧力曲線を滑らかにすることで、樹脂へのショックを和らげます。また、材料の乾燥管理や再生材の配合比率を厳格に管理し、樹脂ロット間のバラつきを最小限に抑える運用も、非定常性を低減するために不可欠です。
まとめ
射出成形で発生する多くの外観不良は、個別の現象として独立しているのではなく、「非定常流動(流れの揺らぎ)」という共通の根源を持っています。シルバーストリーク、フローマーク、光沢ムラ、ウェルドラインの悪化などは、すべて流動の安定性が損なわれた結果として説明できます。
目に見える不良現象だけに対処するのではなく、その背後にある「流れの不安定さ」に目を向けること。そして、設計、金型、成形、材料の各工程において「安定した流れをつくる」という共通の目標を持つことが、外観品質を飛躍的に向上させる鍵となります。府中プラは、この非定常流動の制御こそが、成形技術の本質であると考えます。



