樹脂の疲労破壊はなぜ金属と違うのか? - 分子構造から見る寿命の違い -
樹脂部品の設計において、最も予測が難しく、市場でのトラブル原因となりやすいのが「疲労破壊」です。多くの設計者は、金属材料の疲労に関する知識をベースに樹脂の設計を行いますが、樹脂と金属では疲労破壊の挙動、予兆の有無、環境への感受性が根本的に異なります。金属の疲労理論をそのまま樹脂に当てはめると、「まだ寿命には早いはずだ」、「荷重は許容範囲内だった」という状況で突発的な破壊を招くことになります。
本コラムでは、分子構造、時間依存性(粘弾性)、環境感受性の観点から、なぜ樹脂の疲労は金属とは異なるのか、その材料学的な本質を体系化して解説します。
まず前提:金属の疲労とは何が起きているのか
樹脂の特殊性を理解するために、まずは比較対象である金属の疲労メカニズムを整理します。
金属疲労は「転位運動が支配する破壊」
金属材料は、原子が規則正しく配列した「結晶格子構造」を持っています。金属に外力が加わると、結晶内部の「転位(原子配列のズレ)」がすべり面上を移動することで変形が生じます。金属における疲労の初期段階では、繰り返しの応力によって転位が動き、局所的な塑性変形が起こることでエネルギーが消費(緩和)されます。やがて転位が蓄積して動けなくなると、微細な亀裂(クラック)が発生し、それが結晶粒界や結晶面に沿って進展していきます。つまり、金属は「塑性変形しながら、ある程度法則性を持って壊れていく」材料です。そのため、亀裂の進展速度や方向がある程度予測しやすく、非破壊検査などで予兆を捉える技術も確立されています。
一方で樹脂:分子鎖が絡まった“非結晶的ネットワーク”で力を受けている
これに対し、樹脂(プラスチック)の微細構造は金属とは全く異なります。
樹脂は「分子鎖が絡み合った蜘蛛の巣」
樹脂は、炭素や水素などがつながった巨大な「高分子鎖」が、複雑に絡み合った構造をしています(結晶性樹脂であっても、結晶領域と非晶領域が混在しています)。金属のような規則正しい原子配列の格子構造ではありません。樹脂に力が加わると、絡み合った分子鎖が引き伸ばされたり、ほどけたり、あるいは分子鎖そのものが切断されることで応力を受け止めます。このとき、金属のような明確な「すべり面」での変形ではなく、分子鎖全体の「粘弾性(粘性と弾性の両方の性質)」によって応力が伝達されます。
樹脂における応力緩和は、分子鎖が時間をかけてズルズルと動く(クリープ的な挙動)ことで行われるため、金属のような瞬間的な塑性変形によるエネルギー吸収とはメカニズムが根本的に異なります。
高分子に塑性域がほぼ存在しない理由
金属材料の多くは、降伏点を超えると加工硬化し、さらに強い力に耐える「塑性域」を持ちます。しかし、多くのエンプラにおいて、明確な塑性域は限定的です。樹脂の場合、分子鎖の絡み合いが限界を超えてほどける、あるいは切断される点が「降伏」であり、それはすなわち「破壊の始まり」を意味します。金属のように「降伏して変形することで延命する」というプロセスが樹脂にはほとんどありません。そのため、樹脂の疲労においては、繰り返しの負荷によるダメージを塑性変形で吸収・無害化することができず、分子レベルでの損傷が一方的に蓄積され続けることになります。これが、樹脂が金属よりも疲労に対してシビアである構造的な理由です。
なぜ樹脂の疲労は“突然壊れる”のか ― 分子鎖切断という不可逆現象
樹脂部品の疲労破壊トラブルで頻発するのが、「予兆なく突然折れる」という現象です。
1回の応力で少しずつ分子鎖が切れる
金属の場合、転位が動くことは物理的な位置移動であり、ある程度の可逆性や自己修復的な側面(再結晶など)を持ち得ます。しかし、樹脂の疲労において発生する「分子鎖の切断(共有結合の破壊)」は、化学的な不可逆変化です。繰り返しの荷重がかかるたびに、応力が集中した箇所の分子鎖が一本、また一本とプツプツ切れていきます。切れた分子鎖は二度とつながりません。材料内部で、荷重を支えるネットワークが徐々に間引かれていくイメージです。強度が低下する方向へしか変化が進まないため、ある閾値を超えた瞬間に一気に破断に至ります。
亀裂が進展する前にほぼ外観変化がない
金属疲労では、表面にすべり帯や微細な凹凸などの「疲労の兆候」が現れることがあります。しかし、樹脂の場合は内部で分子鎖の切断や微小なボイド(空隙)の発生が静かに進行するため、外観上の変化がほとんど見られません。変形量も破断直前までほとんど変わらないことが多く、外から見れば健全な部品に見えます。これが樹脂疲労の「Silent Failure(静かな破壊)」と呼ばれる特徴です。点検で発見することが難しく、突然の機能喪失につながるため、設計段階でのマージン確保が金属以上に重要となります。
樹脂に“疲労限度がほぼ存在しない”理由(金属との本質的な違い)
設計者が最も注意すべき点が、「疲労限度(耐久限度)」の考え方です。
金属に疲労限度がある理由
鉄鋼材料などのS-N曲線(応力-繰り返し数曲線)を見ると、ある応力レベル以下になるとグラフが水平になり、無限回繰り返しても破壊しない「疲労限度」が現れます。これは、一定以下の応力であれば転位が障害物にピン止めされて動かなくなり、それ以上損傷が進行しなくなるためです。
樹脂には損傷が完全停止する応力域が存在しない
一方、多くの樹脂材料のS-N曲線には、明確な水平部(疲労限度)が存在しません。応力を下げても、グラフは右下がりのままです。これには主に3つの理由があります。
1.粘弾性による常時変形:樹脂は粘弾性体であるため、どれほど微小な応力であっても、時間が経過すれば分子鎖はゆっくりと流動(クリープ)し、構造変化が進行します。損傷が「完全に止まる」という状態がありえません。
2.確率的な分子切断:低い応力であっても、分子レベルで見れば熱揺らぎなどによって確率的に結合が切断される箇所が常に発生します。
3.環境による経時劣化:後述するように、樹脂は時間とともに吸水や酸化によって材料自体が劣化します。応力が低くても、材料強度が下がってくるため、いつかは破壊します。
つまり、樹脂の疲労は「応力 × 時間 × 環境」の3軸で進行する劣化現象であり、金属のように「この応力以下なら永久に安全」という領域は基本的には存在しないと考えるべきです。
なぜ環境(湿度・温度・薬品)が疲労に直結するのか ― 樹脂独自の脆弱性
金属疲労も腐食環境下では加速しますが、樹脂の場合は環境の影響がより直接的かつ支配的です。
温度
金属の疲労特性は常温付近では比較的安定していますが、樹脂は数十度の温度変化で劇的に変わります。特にガラス転移点(Tg)に近づくと、分子鎖の運動性が急激に高まり、剛性が低下するとともに、疲労による亀裂進展速度が指数関数的に上昇します。温度依存性が極めて強いため、常温での疲労試験データは高温環境では全く役に立ちません。
湿度・吸水
ポリアミド(PA)などの吸水性樹脂において、水分子は「内部可塑剤」として働きます。水が浸入することで分子鎖同士の結合が緩み、動きやすくなります。一見、柔軟になって割れにくくなるように思えますが、疲労においては逆効果になることがあります。柔らかくなることで応力集中部での変形量が大きくなり、結果として局所的な疲労破壊を早めるケースがあるためです。また、加水分解を起こす樹脂(PBT、PCなど)では、疲労亀裂の先端で水による化学分解が進行し、機械的な疲労と化学的な劣化が相乗的に破壊を加速させます。この湿熱環境下での劣化メカニズムについては、「信頼性」カテゴリの湿熱劣化コラムでさらに詳しく解説しています。
薬品・ESC
樹脂特有の現象として「環境応力割れ(ESC:ソルベントクラック)」があります。薬品や油分が付着すると、樹脂内部に浸透して分子間力を弱め、極めて低い応力でクラックが発生します。疲労荷重がかかっている状態では、薬品がクラックの「通り道」を切り開く役割を果たし、寿命を著しく短縮させます。金属にはないこの化学的相互作用が、樹脂疲労の予測を困難にしています。
樹脂疲労の破面はなぜ金属と違うのか
破壊原因を調査する際、破面解析(フラクトグラフィ)が行われますが、ここでも樹脂と金属には大きな違いがあります。
金属:ストライエーション
金属の疲労破面には、繰り返しの負荷サイクルごとに亀裂が進んだ痕跡である「ストライエーション」と呼ばれる縞模様が明瞭に残ることが多くあります。「ストライエーション」とは、繰り返しの負荷サイクルごとに亀裂が微細に進展した痕跡(縞模様)のことです。金属では明瞭ですが、樹脂では不明瞭な場合が多い特徴があります。これを観察することで、亀裂の発生起点や進展速度を推定することが可能です。
樹脂:脆性破面・ビーチマークが不明瞭
樹脂の場合、粘弾性的な性質により破面がわずかに変形したり、摩擦熱で溶融したりするため、微細な模様が消失しやすい傾向にあります。
また、ガラス繊維強化樹脂の場合、破面は繊維の引き抜けや脱落で凸凹になり、樹脂自体の亀裂進展痕(ビーチマークやストライエーション)を観察することは極めて困難です。多くの場合、延性的な変形を伴わない平坦な「脆性破面」を呈し、それが疲労によるものか、衝撃によるものか、あるいはESCによるものかの判別には熟練した解析技術が必要となります。府中プラでは、樹脂メーカーと連携して電子顕微鏡を用いた破面解析を行い、破壊モードの特定から対策までを実施します。
まとめ
樹脂の疲労破壊は、金属疲労の延長線上にある現象ではありません。両者の決定的な違いは以下の3点に集約されます。
1.塑性緩和がない:ダメージを吸収できず、分子鎖切断という不可逆損傷が一方的に蓄積する。
2.時間依存性(粘弾性):どんなに低い応力でも、時間とともに変形と損傷が進行し、明確な疲労限度が存在しない。
3.環境支配:温度、湿度、薬品が、機械的な負荷と同じくらい重要度を持って寿命を決定する。
設計者は、S-N曲線のデータを単に読み取るだけでなく、使用環境における分子運動の状態や、経年による材料劣化を考慮に入れた「寿命設計」を行う必要があります。
府中プラでは、こうした樹脂特有の材料学的・構造学的特性を深く理解し、金属代替や高信頼性部品の設計において、理論的裏付けのある提案を行っています。樹脂の疲労破壊に対する不安や課題があれば、ぜひ私たちにご相談ください。



