金型メンテ起因の成形トラブルは、なぜ切り分けが難しいのか - 射出成形の体系的理解 トラブル対策編-5
前回の記事では、金型起因の射出成形トラブルを「金型設計起因」と「金型メンテナンス起因」に分けて整理する必要性を示しました。両者は同じ“金型が原因”という言葉で括られがちですが、工程内で起きている状態の性質や、自由度(調整幅)の持ち方が大きく異なります。この違いを見誤ると、条件調整を繰り返しても出口が見えず、対策が迷走しやすくなります。
本記事では、そのうち金型メンテナンス起因のトラブルに焦点を当てます。ここで扱うのは、清掃不足や管理不良といった単純な話ではありません。金型構造そのものは変わっていないにもかかわらず、量産を続ける中で工程内の状態が変化し、トラブルとして表面化する現象を、どのように捉え、どのように切り分けて考えるべきかを整理します。具体的な対策や作業手順には踏み込まず、判断を誤らないための思考の枠組みを示すことが本記事の目的です。
金型メンテナンス起因トラブルとは何か
金型メンテナンス起因のトラブルを理解するうえで、まず押さえておくべき前提があります。それは、「金型構造は変わっていない」という点です。ゲート位置やランナー構成、冷却回路、排気構造といった基本設計は量産開始時と同じであり、構造的な成立条件が突然変化するわけではありません。
それにもかかわらずトラブルが発生するのは、金型の状態が時間とともに変化するためです。ガス汚れや樹脂付着によるベント性能の低下、冷却回路の部分的な詰まりや効率低下、摺動部や合わせ面の摩耗などは、いずれも構造を変えずに工程内の状態だけを変化させます。この「状態の変化」が、成形中の樹脂の流れや固化挙動に影響を与え、不良として現れます。
重要なのは、これらの変化が必ずしも急激ではない点です。多くの場合、工程はしばらく成立し続け、ある時点から製品に不良が目立つようになります。このため、金型メンテナンス起因のトラブルは、立ち上げ時点で想定される問題として扱われにくく、「なぜ今になって出てきたのか」という形で議論されやすくなります。
設計起因トラブルとの本質的な違い
金型メンテナンス起因のトラブルを切り分けるうえで重要なのは、設計起因トラブルとの違いを明確に意識することです。設計起因の場合、工程内の状態は金型構造や部品形状によって強く拘束されており、不良の位置や現れ方が比較的固定されやすいという特徴があります。成形条件を振っても状態が大きく動かず、成立点そのものが構造側で決まっているケースです。
一方、メンテナンス起因のトラブルでは、工程内の状態が固定されていません。金型構造は同じでも、時間経過や生産条件の積み重ねによって状態が揺らぎ、その揺らぎが条件や材料、環境要因と重なったときに不良として顕在化します。このため、ある条件では問題が出ず、別の条件やタイミングでは不良が現れるといった挙動を示します。
ここで注意すべきなのは、この性質をもって「偶発的」と捉え、改善する方法に飛びつかないことです。工程内で起きている変化には必ず理由があり、その多くは金型の状態変化に起因しています。ただし、その変化が連続的かつ緩やかであるため、設計起因トラブルのように明確な固定点として捉えにくいのが、メンテナンス起因トラブルの難しさです。
ガス汚れに見るメンテナンス起因トラブルの典型像
金型メンテナンス起因トラブルを考えるうえで、ガス汚れは代表的な例として位置づけられます。ガス汚れは、成形を重ねる中で徐々にベントやキャビティ周辺に蓄積し、排気性能を低下させます。その結果、樹脂の充填状態や表面状態に影響を与え、外観不良や充填不良として現れることがあります。
このときの特徴は、不良が出やすい領域に一定の偏りがある一方で、発生頻度や出方が常に同じとは限らない点にあります。ガスの発生量は材料や条件によって変動し、排気性能の低下も一様ではありません。そのため、ある条件では問題なく、別の条件や生産タイミングでは不良が現れるという挙動を示します。
重要なのは、この現象を「ランダム」と片付けないことです。無秩序に起きているように見えても、実際には金型の状態変化と工程条件が重なった結果として説明できます。この説明ができるかどうかが、メンテナンス起因トラブルを正しく切り分けられるかどうかの分かれ目になります。
条件で一時的に動く理由と、その判断を誤らせる構造
金型メンテナンス起因のトラブルでは、成形条件を調整することで一時的に不良が改善するケースがあります。射出速度や樹脂温度、金型温度などを変更すると、目に見える現象が変わるため、条件が原因であったかのように感じられやすくなります。しかし、この反応だけで条件起因と判断してしまうと、切り分けを誤る可能性が高くなります。
条件変更によって状態が動くのは、工程内にまだ一定の自由度(調整幅)が残っているからです。金型構造が固定されている中で、ガス汚れや冷却効率の低下といった状態変化が進行すると、工程は徐々に不安定になります。その不安定さを条件調整で一時的に吸収できる場合、現象は「直ったように見える」ものの、状態変化そのものは解消されていません。
このとき、条件を振るほど成立点は工程の端に寄っていきます。成立はしているが余裕はなく、わずかな材料ロット差や環境変化、生産数の増加で再び不良が現れる状態です。条件で動くという事実は、原因が条件にあることの証拠ではなく、むしろ工程が状態変化を抱えたまま成立していることを示すサインとして捉える必要があります。
メンテナンス起因を見極めるための判断視点
金型メンテナンス起因のトラブルかどうかを判断する際に重要なのは、単発の現象ではなく、時間軸で工程を観察することです。不良が出たり出なかったりする、条件で一度は収まるが持続しない、発生頻度にばらつきがあるといった挙動は、工程内の状態が固定されていない可能性を示唆します。
ここで見るべきなのは、「どの条件で出たか」よりも、「なぜそのタイミングで状態が変わったのか」という問いです。ガス汚れであれば、累積ショット数や清掃周期との関係、冷却系であれば流量や温度分布の変化といった、時間とともに変わる要因に目を向ける必要があります。
設計起因トラブルとの違いは、条件に対する反応の持続性に表れます。条件を変えても状態がほとんど動かない場合は構造側の拘束が強く、設計起因を疑う合理性があります。一方、条件で動くが安定しない場合には、金型の状態変化が工程に影響している可能性が高くなります。この見極めができれば、条件調整に振り回されることなく、次に取るべき判断の方向性が定まります。
まとめ
金型メンテナンス起因の射出成形トラブルは、偶発的な問題や単なる管理不良として片付けられるものではありません。金型構造が変わらないまま、工程内の状態が時間とともに変化することで成立点が揺らぎ、不良として表面化します。
設計起因トラブルとの違いは、再現性の有無ではなく、工程内の状態が固定されているか、揺らいでいるかという点にあります。条件調整で一時的に改善する現象に惑わされず、自由度(調整幅)の残り方と状態変化の性質を見極めることが重要です。
この整理ができていれば、トラブル対応は場当たり的な調整から、構造と状態を踏まえた判断へと変わります。次回は、ここまでの考え方を踏まえ、金型メンテナンス起因トラブルに対してどのように情報を集め、どの順序で切り分けを進めるべきかを整理していきます。
射出成形トラブル対策の全体像や、本記事がどの位置づけにあるのかについては、
「射出成形のトラブル対策 - 不良原因と現場での解決アプローチ」で整理しています。

