技術解説

PA66・PA6Tと何が違う?PA9Tの特性と射出成形部品設計での使い分け 

PA66・PA6Tと何が違う?PA9Tの特性と射出成形部品設計での使い分け 

射出成形設計の現場で、スーパーエンプラ「PA9T(ジェネスタ™)」への注目が高まっています。PA9Tは、PA66やPA6Tと同じポリアミド系樹脂でありながら、それらの弱点を克服した際立った特性を持っています。特に「高耐熱性」と、ポリアミドの常識を覆す「低吸水性による寸法安定性」の両立は、設計者に新たな可能性をもたらします。
本コラムでは、PA9Tの基本的な特性を解説し、既存材料であるPA66やPA6Tと具体的に性能を比較。そして、実際の設計現場でどのように材料を使い分けるべきか、その指針を明確に示します

PA9Tの基本特性と位置づけ 

PA9Tとは何か 

PA9Tは、「半芳香族ポリアミド(PPA)」に分類されるスーパーエンプラです。その分子構造の中に、剛直で耐熱性に優れる「芳香環」と、柔軟性や成形性に関わる「脂肪族鎖」の両方を持っています。PA9Tの最大の特徴は、原料となるモノマーにあります。PA9Tは、世界で初めて工業化された独自のモノマー、炭素数9の「ノナンジアミン(C9ジアミン)」とテレフタル酸を重合させて作られます。この長鎖ジアミンを用いることが、PA9Tの卓越した特性を生み出す鍵となっています。
従来のPA66は吸水率が高く、寸法変化や物性低下が弱点でした。また、PA6Tなどの他の半芳香族ポリアミドは、高い耐熱性を誇るものの、吸水や成形時のガス発生が依然として課題でした。
PA9Tは、このノナンジアミンの持つ長い脂肪族鎖構造により、ポリアミドの弱点であった吸水率を劇的に低減。これにより、「高耐熱性」、「優れた寸法安定性」、「低吸水性」という、これまで両立が難しかった特性を極めて高いレベルで実現しています。まさに、PA66やPA6Tが抱えていた課題を克服し、スーパーエンプラの中でも独自のポジションを確立した材料と言えるでしょう。 

ジェネスタ™(GENESTAR™)シリーズの概要 

PA9T(ジェネスタ™)は、その基本性能をベースに、さまざまな用途に対応するための多彩なグレードがラインナップされています。 

GF(ガラス繊維)強化グレード:ガラス繊維を充填することで、剛性、強度、耐クリープ性を飛躍的に向上させたグレードです。自動車のエンジン周辺部品や構造部材など、高い機械的強度が求められる用途で活躍します。 

難燃グレード:UL94 V-0規格に適合する難燃性を付与したグレードです。ハロゲンフリーのタイプも用意されており、環境規制が厳しい電気・電子部品、特にコネクタやスイッチ、ソケットなどに最適です。 

摺動グレード:摺動性を向上させる添加剤を配合し、自己潤滑性と耐摩耗性を高めたグレードです。ギア、ベアリング、ブッシュといった、潤滑油を使えない、あるいは使用を避けたい摺動部品に使用されます。 

その他:この他にも、耐衝撃性を高めたグレードや、レーザーマーキングに適したグレードなど、市場のニーズに応じたきめ細やかなラインナップが展開されています。 

PA9T(ジェネスタ™)は、これらの材料特性に加え、射出成形における優れた流動性も特徴です。これにより、薄肉成形や複雑な形状の精密成形が容易になり、設計の自由度を大きく広げます。既に、高信頼性が要求される自動車の電装部品やエンジン部品、スマートフォンやPC内部の精密コネクタなど、電気・電子、自動車分野を中心に豊富な採用実績を誇っています。 

PA66・PA6Tとの性能比較 

PA9Tの優位性をより深く理解するために、汎用エンプラの代表であるPA66、そして同じ半芳香族ポリアミドであるPA6Tと、具体的な性能を比較してみましょう。 

特性項目 PA66 PA6T (代表的な共重合) PA9T(ジェネスタ™ 備考 
融点 約260℃ 280~320℃ 306℃ 高いほどリフロー耐性に優れる 
ガラス転移点 約60℃ 約125℃ 125℃ 高温下での剛性維持に影響 
飽和吸水率 8~10% 3~4% 約0.9% 低いほど寸法安定性・物性安定性が高い 
吸水後の寸法変化率 2.0~2.5% 0.8~1.0% 約0.2% 精密部品の品質に直結 
CTI(比較トラッキング指数) 400~500V 500V程度 600V (PLC 0) 高いほど高電圧環境に強い 
成形性(ガス発生) 少ない やや多い 少ない 金型メンテナンス性、生産性に影響 

熱的特性の違い 

まず、耐熱性の指標となる融点を見てみましょう。 

PA66:約260℃ 

PA6T:280℃前後(共重合タイプにより異なる) 

PA9T:306℃ 

PA9Tの融点306℃は、他のポリアミド系樹脂と比較して非常に高いレベルにあります。この高い融点は、特に電子部品の実装プロセスで重要となる「鉛フリーはんだリフロー」への対応力に直結します。リフロープロセスでは、部品全体が260℃以上の高温に晒されるため、PA66では熱変形のリスクがあります。PA6Tも対応可能ですが、PA9Tはより高いマージンを持つため、厳しい条件下でも安定した品質を確保できます。
また、高温環境下での剛性を左右するガラス転移点(Tg)も、PA9TはPA6Tと同等の125℃であり、PA66の約60℃を大きく上回ります。これにより、自動車のエンジンルーム内など、100℃を超える高温環境でも高い剛性を維持し、部品の変形やクリープを防ぎます。 

吸水率と寸法安定性 

PA9Tが他のポリアミドと一線を画す最大の特長が、この「低吸水性」です。飽和吸水率を比較すると、PA66が8%を超えるのに対し、PA9T(非強化グレード)はわずか0.9%程度と、約1/10のレベルに抑えられています。
ポリアミドは吸水すると、樹脂が膨潤し、部品の寸法が変化します。また、剛性や強度が低下し、ガラス転移点も下がります。
例えば、精密なピッチが要求されるコネクタにおいて、PA66を使用すると吸湿によってピッチがずれてしまい、勘合不良や接触不良の原因となります。一方、PA9Tは吸水による寸法変化率が極めて小さいため(PA66の約1/10)、設計通りの寸法精度を長期にわたって維持できます。
この特性は、ギアやベアリングなどの摺動部品においても極めて有利です。精密なクリアランス管理が求められる摺動部で、吸湿による寸法変化がないことは、安定した作動と長寿命化に大きく貢献します。もはや「ポリアミドは吸水するから使いにくい」という設計上の制約を、PA9Tは取り払ってくれるのです。 

耐薬品性と電気特性 

PA9Tは、幅広い薬品に対して優れた耐性を示します。特に自動車用途で接触が想定されるガソリン、エンジンオイル、ブレーキフルード、冷却水(LLC)などに対して高い抵抗力を持ち、高温下でも物性の低下が少ないのが特徴です。
さらに注目すべきは、その優れた電気特性です。絶縁破壊の起こりにくさを示す指標であるCTI(比較トラッキング指数)において、PA9Tは最高ランクの600V(PLC=0)を達成しています。これは、高電圧化が進むEV(電気自動車)やPHEV(プラグインハイブリッド車)のインバーター、モーター、バッテリー周辺部品において、極めて重要な性能です。高温・高湿環境下でも高い絶縁性を維持できるため、部品の小型化・高密度化設計を安全に進めることができます。 

成形性とガス発生 

生産現場の視点では、成形性も重要な選定基準です。PA6Tなどの一部の高耐熱ポリアミドは、成形温度が高いことに加え、成形時に分解ガスが発生しやすい傾向があります。このガスは、金型表面にモールドデポジットを形成し、製品の外観不良や寸法不良を引き起こすだけでなく、金型のメンテナンス頻度を増加させ、生産性を低下させる原因となります。
PA9Tは、同じ高耐熱樹脂でありながら、このガス発生量が非常に少ないという利点があります。これにより、金型の汚染が抑制され、長時間の安定した連続生産が可能になります。金型のメンテナンスサイクルが長くなることは、トータルでの生産コスト削減に直結します。
加えて、PA9Tは優れた流動性を持っているため、0.3mmといった極薄肉の成形や、複雑で入り組んだ形状の製品でも、末端まで樹脂がしっかりと充填されます。この高い成形安定性は、設計者が思い描く理想の形状を実現するための強力な武器となります。 

PA9Tを活かす用途と使い分けの指針 

これまでの比較を踏まえ、設計者はどのように材料を選定し、使い分けるべきでしょうか。ここでは、具体的な適用シーンと選定のポイントを整理します。 

適用シーン別の使い分け 

PA66が適したケース 

用途:汎用的な機械部品、ハウジング、インシュレーターなど
判断基準:コストを最優先したい場合。使用環境が常温・低湿度で、高い寸法精度が要求されない場合。機械的強度(特に靭性)が主眼となる設計。
ポイント:最も汎用的でコストパフォーマンスに優れるが、吸水による寸法・物性変化を設計段階で織り込む必要がある。 

PA6Tが適したケース 

用途:一部のリフロー対応コネクタ、高温環境下の構造部品など
判断基準:とにかく「耐熱性」が最優先事項である場合。多少の吸水による寸法変化や、成形時のガス対策が許容できる、あるいは対策可能な場合。
ポイント:高い耐熱性が魅力だが、PA9Tと比較すると寸法安定性や成形性に課題が残る。用途を限定した「一点突破型」の選定に適している。 

PA9Tが適したケース 

用途:電気・電子部品( SMT対応コネクタ、FPCコネクタ、CPUソケット、スイッチ、センサーハウジング、高電圧部品)
自動車部品:各種ECUハウジング、インバーター・モーター関連部品、ウォーターポンプインペラ、スロットルボディ、各種センサー部品、摺動ギア、ベアリングリテーナー
その他:LEDリフレクター、精密機構部品
判断基準:次の複合的な要求特性を同時に満たす必要がある場合。高耐熱性(鉛フリーリフロー対応など)、高寸法精度(吸湿による変化が許されない)、耐薬品性(オイル、冷却水などへの接触)、電気特性(高電圧、高周波対応)、薄肉・精密成形性
ポイント:PA66では耐熱性や寸法安定性が不足し、PA6Tでは寸法安定性や成形性が懸念されるような、高度でバランスの取れた性能が求められる領域で真価を発揮する。 

設計・購買判断における選定ポイント 

設計者や購買担当者として材料選定を行う際、以下のような課題や要求に直面したら、PA9Tを積極的に検討リストに加えることをお勧めします。 

【環境要因】使用環境が高温(100℃以上)・高湿・高電圧のいずれか、または複数が当てはまるか? 
→ EVのパワートレイン周辺や、屋外に設置される通信機器など、過酷な環境での長期信頼性を確保したい場合にPA9Tは最適です。 

【設計要因】製品にミクロンオーダーの寸法精度が求められるか?あるいは、0.5mm以下の薄肉化による小型・軽量化を目指しているか? 
→ PA9Tの優れた寸法安定性と流動性は、高密度実装コネクタやウェアラブルデバイスの内部機構部品など、精密・薄肉設計の実現を強力に後押しします。 

【生産要因】既存の樹脂では、ガスによる金型汚染がひどく、メンテナンス工数や成形不良率に悩まされていないか? 
→ PA9Tの採用は、金型メンテナンスコストの削減と生産性の向上に繋がり、結果的にトータルコストを削減できる可能性があります。 

PA9Tは、単に高性能なだけでなく、設計から生産に至るまでのプロセス全体にメリットをもたらす材料なのです。 

まとめ 

PA9T(ジェネスタ™)は、「高耐熱性」、「卓越した寸法安定性」、「優れた成形安定性」という3つの要素を、極めて高いレベルで両立させたスーパーエンプラです。
PA66では性能が足りず、PA6Tでは寸法安定性や成形性に課題が残る——。そんな、既存材料では対応が難しかった複合的な要求に応えられるのがPA9Tの真価です。特に「耐熱」と「寸法精度」が同時に求められる精密電子部品や、過酷な環境に晒される自動車の電装部品において、その価値を最大限に発揮します。
材料コストはPA66より高いものの、設計自由度の向上、製品の高信頼性化、生産性の改善といったトータルでのメリットを考慮すれば、十分に競争力のある選択肢となります。高度な要求に応えるための切り札として、設計の初期段階からPA9Tを検討することをお勧めします。 

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