水に強いエンプラはどれ?耐加水分解性の原理とPA(ナイロン)吸水対策の基本

プラスチック製品を設計・使用する上で、水や湿気はしばしば見過ごされがちな劣化要因となります。特に高温多湿環境下では、「加水分解」と呼ばれる化学的な劣化反応が進行し、材料の性能を徐々に低下させることがあります。この加水分解は、外観上の変化が少ないまま内部で進行することが多く、「目に見えないダメージ」として製品の長期信頼性を脅かす可能性があります。金属のように錆びることはありませんが、プラスチックも水によって劣化し得るのです。本稿では、この加水分解がどのようなメカニズムで起こるのか、どのような構造を持つエンジニアリングプラスチック(エンプラ)が加水分解に強いのか、そして汎用エンプラであるPA(ポリアミド、ナイロン)が吸水によってどのような影響を受け、どのような対策が可能かについて、射出成形の観点も交えながら基本から解説します。
加水分解とは何か?
化学的な劣化反応
加水分解(Hydrolysis)とは、化合物が水(H₂O)と反応し、分解物を生成する化学反応の総称です。プラスチックにおける加水分解は、ポリマーの主鎖や側鎖に含まれる特定の化学結合が、水分子の作用によって切断されてしまう現象を指します。この反応は、単に水に浸漬しているだけで起こるわけではありません。以下の要因によって反応速度は大きく促進されます。
温度: 高温であるほど分子運動が活発になり、反応速度は指数関数的に増加します。
圧力: 高圧条件下(特に水蒸気など)では、水の浸透が促進され、加水分解が進みやすくなります。
pH: 酸性またはアルカリ性の条件下では、触媒的に反応が促進される場合があります。
金属イオン: 特定の金属イオンが共存すると、劣化を促進する触媒として作用することがあります。
このように、加水分解は単なる「水濡れ」ではなく、環境条件が複合的に作用して進行する化学的な劣化プロセスなのです。
加水分解の影響
プラスチックの主鎖が加水分解によって切断されると、ポリマーの分子量が低下します。高分子材料の機械的特性(強度、靭性など)は分子量に大きく依存しているため、分子量の低下は物性の劣化に直結します。具体的には、以下のような影響が現れます。
機械的強度の低下: 引張強度、曲げ強度、衝撃強度などが低下し、脆くなります。
靭性(粘り強さ)の低下: 材料が脆くなることで、割れやすくなります。
寸法精度の低下: 分子構造の変化や内部応力の発生により、寸法変化や反り・歪みが生じる可能性があります。
電気的特性の変化: 絶縁性が低下する場合があります。
加水分解の厄介な点は、劣化がある程度進行するまで、外観上は大きな変化が見られないことが多い点です。変色や表面の荒れなどが顕著になる頃には、内部のダメージは相当進んでいる可能性があります。そのため、高温・高湿環境や温水・蒸気に曝されるような過酷な条件下で使用される部品では、材料選定の段階から耐加水分解性を十分に考慮することが、製品の長期信頼性を確保する上で非常に重要になります。
加水分解に弱い分子構造、強い分子構造
すべてのプラスチックが同じように加水分解するわけではありません。加水分解のしやすさは、ポリマーを構成する化学結合の種類に大きく依存します。
加水分解に弱い構造的特徴

一般的に、水分子による攻撃を受けやすい官能基(特定の原子団)を持つポリマーは、加水分解を起こしやすい傾向があります。代表的なものは以下の結合です。
エステル結合(–COO–): カルボン酸とアルコールが脱水縮合してできる結合です。この結合は、水分子によって比較的容易に元のカルボン酸とアルコールに分解(加水分解)されます。代表的な樹脂は、PET(ポリエチレンテレフタレート)、PBT(ポリブチレンテレフタレート)、PC(ポリカーボネート)、生分解性プラスチック(ポリ乳酸など)です。
アミド結合(–CONH–): カルボン酸とアミンが脱水縮合してできる結合です。エステル結合ほどではありませんが、特に高温・高湿条件下や酸・アルカリ存在下で加水分解を受けます。代表的な樹脂は、ポリアミド(PA6, PA66 など、通称ナイロン)です。
これらの結合を主鎖に持つポリエステル系やポリアミド系の樹脂は、耐加水分解性の観点からは注意が必要な材料群と言えます。特に高温の水や蒸気に長期間曝されるような用途では、これらの材料の使用可否を慎重に検討する必要があります。
加水分解に強い構造的特徴
一方、加水分解に対して比較的安定な化学結合を持つポリマーも存在します。
エーテル結合(–O–): 比較的安定な結合であり、加水分解を受けにくい構造です。
炭素-炭素結合(–C–C–): ポリオレフィン(PE, PP)などの主鎖を形成する結合で、非常に安定しており、加水分解は基本的に起こりません。(ただし、これらは一般的にエンプラほどの耐熱性や強度はありません)
芳香環(アリール構造、ベンゼン環など): 分子骨格中にベンゼン環などの強固な芳香環構造を持つポリマーは、化学的に安定で、熱安定性や耐薬品性と共に耐加水分解性も高い傾向があります。
スルフィド結合(–S–)やスルホン結合(–SO₂–): これらを含む構造も、一般的に加水分解に対して高い安定性を示します。
これらの安定な構造を主鎖に持つポリマーは、耐加水分解性に優れています。例えば、エーテル結合や芳香環、スルフィド/スルホン結合などを分子骨格に持つスーパーエンジニアリングプラスチック(スーパーエンプラ)は、極めて高い耐加水分解性を示すものが多く存在します。
耐加水分解性の高いエンプラとは
上記の分子構造の特徴を踏まえ、特に耐加水分解性に優れる代表的なエンプラをいくつか紹介します。これらは、高温・高湿環境や温水・蒸気環境下での使用が要求される部品に適しています。
PPS(ポリフェニレンサルファイド)
分子骨格に強固な芳香環(フェニレン基)と安定なスルフィド結合(-S-)を持つ結晶性のスーパーエンプラです。一部架橋構造を持つことも、その安定性に寄与しています。耐加水分解性に極めて優れており、200℃近い高温のスチーム環境下でも物性の低下がほとんど見られません。耐薬品性にも優れます。自動車のエンジン周辺部品、ポンプ部品、電気・電子部品コネクタ、温水・蒸気関連機器部品などで多用されます。
PEEK(ポリエーテルエーテルケトン)
芳香環、安定なエーテル結合(-O-)、ケトン結合(-CO-)から構成される結晶性のスーパーエンプラです。機械的強度、耐熱性、耐摩耗性、耐薬品性など、多くの特性に優れます。
PPSと並び最高レベルの耐加水分解性を持ちます。高温高圧の水中や蒸気中でも安定した性能を維持します。医療機器(滅菌対応)、半導体製造装置部品、航空宇宙部品、オイル・ガス産業部品など、極めて過酷な環境で使用されます。
PPSU・PES・PEIなどの非晶性スーパーエンプラ
PPSU(ポリフェニルサルホン)、PES(ポリエーテルサルホン)、PEI(ポリエーテルイミド)は、分子骨格に芳香環やスルホン結合、エーテル結合、イミド結合などを持つ非晶性のスーパーエンプラ群です。いずれも非常に高い耐加水分解性を有し、特に繰り返し蒸気滅菌(オートクレーブ滅菌、通常121℃~134℃)が行われる医療器具や食品加工機器などに広く用いられています。透明性を有するグレードがあることも特徴です(PPSU、PES、PEIの一部)。医療用トレー、手術器具部品、哺乳瓶、食品加工機器部品、膜モジュールなどで多数の実績があります。
変性PPE(変性ポリフェニレンエーテル)
変性PPEは、単独では加工性が低いものの、PSやPAなどとアロイ化することで、加工性と優れた物性を両立させたエンプラです。PE骨格自体が加水分解に対して極めて安定であるため、変性PPEは優れた耐加水分解性を示します。飽和吸水率が非常に小さいため、湿度の変化による寸法変化や物性変化が極めて少なく、精密な寸法精度が要求される部品に適しています。OA機器や家電製品の機構部品・筐体、電気・電子部品、そして耐加水分解性と寸法安定性が求められるポンプ部品や給水・給湯関連のバルブなど、水回り部品にも広く採用されています。
注意が必要なエンプラ
PC(ポリカーボネート)やPBT(ポリブチレンテレフタレート)などは、汎用エンプラとして広く使われ、ある程度の耐熱性は持ちますが、分子構造に加水分解されやすいエステル結合(PCはカーボネートエステル結合、PBTはエステル結合)を含むため、耐加水分解性は高くありません。PCは、温水中やアルカリ雰囲気下では加水分解が進行しやすく、白化や強度低下、クラックなどを生じることがあります。PBTは、高温多湿環境下での長期使用では、加水分解による分子量低下が問題となるケースがあります。
これらの材料を水や湿気に曝される環境で使用する場合は、温度や接触時間などの使用条件を十分に確認し、必要であればより耐加水分解性の高い材料への変更を検討する必要があります。
PA(ナイロン)の吸水と寸法・物性変化
ポリアミド(PA、通称ナイロン)は、強度、靭性、耐摩耗性、耐薬品性(特に有機溶剤や油に対して)などに優れ、コストパフォーマンスも良いことから、自動車部品や機構部品、電気電子部品などに非常に広く使われている代表的なエンプラです。しかし、ナイロンはその分子構造ゆえの「吸水性」という特徴を持ち、これが設計・使用上の重要な注意点となります。
ナイロンの吸水性の由来

ナイロンの分子鎖中には、アミド結合(–CONH–) が多数存在します。このアミド結合は極性(分子内で電荷の偏りがあること)が高く、水分子(H₂O)と水素結合と呼ばれる比較的強い分子間力を形成しやすい性質があります。
このため、ナイロンは大気中の湿気や水に直接触れることで、材料内部に水分を取り込みやすいのです。この性質を「吸水性」と呼びます。ナイロンの種類によって吸水率は異なりますが、代表的な例として、標準状態(例:23℃、50%RH雰囲気下で平衡状態になった時)での吸水率は、PA6で約2~3%、PA66で 約1.5~2.5%となります。一方、PA12のようにアミド結合の密度が低いため1%を切るような低吸水のナイロンもあります。この吸水は可逆的であり、乾燥雰囲気下に置けば水分は放出されますが、
環境湿度に応じて材料中の水分量は常に変化します。
吸水による影響
ナイロンが吸水すると、取り込まれた水分子がポリマー鎖の間に入り込み、分子鎖の動きやすさ(可動性)に影響を与えます。これを水の「可塑化効果」と呼びます。これにより、ナイロンの物性や寸法は以下のように変化します。
寸法変化(膨潤): 水分を取り込むことで体積が増加し、部品の寸法が大きくなります(膨潤)。吸水率が高いほど寸法変化も大きくなります。精密な寸法精度が要求される部品では、この吸水による寸法変化を設計段階で考慮する必要があります。
機械強度の低下: 引張強度、曲げ強度、硬度などが低下します。水分子が分子鎖間に入り込むことで、分子鎖間の相互作用が弱まるためです。
剛性(弾性率)の低下: 材料が柔らかくなり、弾性率が低下します。
耐衝撃性の向上: 一方で、分子鎖が動きやすくなることにより、外部からの衝撃エネルギーを吸収しやすくなり、靭性(粘り強さ)や耐衝撃性は向上する傾向があります。乾燥状態のナイロンは比較的脆いですが、適度に吸水した状態(調湿状態)では靭性が増します。
ガラス転移温度(Tg)の低下: 分子鎖が動きやすくなるため、ガラス転移温度が低下します。
このように、ナイロンの吸水は、寸法と物性の両面に影響を与えます。特に強度や寸法精度が重要な部品では、使用環境の湿度を考慮した材料選定と設計が不可欠です。
PAの吸水対策と設計の工夫
ナイロンの吸水性は避けられない特性ですが、その影響を最小限に抑えるための対策や工夫が存在します。
材料選定による対策
ナイロンの中でも、アミド結合の濃度が低い低吸水性のナイロンを採用する方法があります。
– PA12, PA11: 長鎖ポリアミドと呼ばれ、吸水率が低く、寸法安定性に優れます。柔軟性も高い特徴があります。
– PA610, PA612: PA6やPA66より吸水率が低減されています。
– 特殊ポリアミド(PPA, PA6T, PA9T, PA10Tなど): 芳香環などを導入した半芳香族ポリアミドは、高強度・高耐熱性に加えて、低吸水性を実現しているものが多いです。
また、他の樹脂とアロイ化したり、フィラーを配合したりすることで、ナイロン特有の吸水性を低減したり、吸水時の物性変化を抑制したりすることが可能です。
– PA/PPE アロイ: PPE(ポリフェニレンエーテル)は吸水性が極めて低いため、PAとアロイ化することで低吸水化と寸法安定性向上が図れます。
– PA/PP, PA/ABS アロイ: 低コストで物性バランスや吸水性を改善する目的で用いられます。
– ガラス繊維(GF)強化ナイロン: GFを配合すると、吸水による寸法変化率(特に線膨張係数)を抑制する効果があります。ただし、吸水による強度低下そのものを防ぐわけではありません。
設計・成形時の対策
寸法変化の織り込み: 設計段階で、予想される最大吸水状態での寸法変化量を見込んで、クリアランス(隙間)などを設定します。特に嵌合部品では重要です。
肉厚設計: クリープ(荷重下での時間経過に伴う変形)は吸水によって助長されるため、応力がかかる部分では適切な肉厚を確保します。応力集中を避ける形状(Rを付けるなど)も有効です。
金属インサート成形: ナイロンが吸水膨潤することで、インサートされた金属部品に応力が発生し、クラックの原因となることがあります。インサート周辺の肉厚設計や応力緩和構造に配慮が必要です。
成形後の調湿処理: 成形直後のナイロン部品は乾燥状態に近いため、そのまま組み付けると使用環境で吸水し、寸法が変化します。これを防ぐため、あらかじめ製品が使用される環境に近い湿度条件下で吸水させ、寸法を安定化させる処理(調湿、アニーリングと同時に行うことも)を行うことがあります。これにより、初期の寸法変化を抑制できます。
使用環境を考慮した対策
可能であれば、部品を密閉構造とし、外部からの水分浸入を物理的に遮断します。
また、高温多湿環境や水没環境など、ナイロンの吸水による影響が許容できないほど大きい場合は、前述のPPS、PEEK、PPSUなどの耐加水分解性に優れたエンプラや、吸水性の低いPOM(ポリアセタール)、PBT(ただし加水分解には注意)、あるいは金属など、ナイロン以外の材料を検討することも重要です。
まとめ
プラスチックの加水分解は、高温・高湿環境下で「静かに進行する材料劣化」であり、製品の長期信頼性に影響を与える可能性があります。しかし、加水分解しやすい分子構造(エステル結合、アミド結合など)と、しにくい分子構造(エーテル結合、芳香環、スルフィド結合など)を理解し、適切な材料を選定することで、リスクは大幅に低減できます。特に汎用性の高いPA(ナイロン)については、その優れた特性の反面、吸水による寸法変化や物性変化という課題があります。低吸水グレードの選定、アロイ化、設計上の配慮、調湿処理、そして場合によっては代替材料の検討といった多角的なアプローチにより、この課題に対応することが可能です。
最終的な製品の性能と信頼性は、材料の選択だけでなく、製品設計、成形プロセス、そして使用される環境条件のすべてを俯瞰的に捉え、最適化を図ることで確保されます。当社では、お客様の製品が使用される環境や要求性能を詳細にうかがい、耐加水分解性やナイロンの吸水といった材料固有の特性を考慮した最適な材料提案、寸法安定性を高めるための設計アドバイス、そして高品質な成形加工を通じて、お客様の製品の長期信頼性向上をサポートいたします。プラスチックの耐水性や吸水に関する課題でお困りの際は、ぜひ当社にご相談ください。