PS(ポリスチレン)の特性と設計・射出成形でのポイント
PS(ポリスチレン)は、透明性と成形性に優れた非晶性の汎用プラスチックであり、射出成形用途においても一定の確実な需要があります。剛性が高く、寸法精度を出しやすいため、医療系のディスポーザブル(使い捨て)部品や、計測器関連の軽負荷部品などで採用されることが多い材料です。一方で、衝撃に対する脆さや耐熱性の低さといった明確な課題もあり、安易な選定はトラブルの元となります。本コラムでは、PSの特性と射出成形における使いどころ、そして注意すべきポイントについて、実務的な視点から府中プラが解説します。
PS の基本特性(非晶性樹脂としての特徴)
分子構造と非晶性由来の特性
PSは「非晶性樹脂」の代表格です。結晶構造を持たないため、光を散乱させず、ガラスのように無色透明で光沢のある外観が得られます。また、結晶化による体積変化がないため、成形収縮率が低く、寸法精度が出しやすいという大きな特徴があります。ガラス転移点(Tg)が約100℃と汎用樹脂の中では比較的高く、常温域では硬く変形しにくい性質を持っています。
透明グレードと耐衝撃グレード(HIPS)の違い

PSには大きく分けて2つの種類があります。一つは「GPPS(General Purpose Polystyrene)」と呼ばれる汎用タイプで、高い透明性と硬度を持ちますが、衝撃に弱く割れやすい欠点があります。CD(コンパクトディスク)のケースは、床に落とすとすぐに割れますが、あの原材料です。もう一つは「HIPS(High Impact Polystyrene)」(ヒップスと発音)と呼ばれる耐衝撃タイプです。ゴム成分を配合することで衝撃強度を改善していますが、その代償として透明性は失われ、乳白色になります。射出成形の実務においては、構造部品としての強度が必要な場合、HIPSが選択されるケースが多く見られます。
PS の強み・弱みのバランス
PSの強みは、高い「透明性(GPPS)」、常温での「剛性」、優れた「成形性」、そして「安価」であることです。一方、弱みとしては、衝撃を受けると容易に割れる「脆性」、有機溶剤に溶けやすい「耐薬品性の低さ」、そして紫外線で劣化しやすい「耐候性の弱さ」が挙げられます。この極端な性質を理解して使い分けることが重要です。
アロイ材料としてのPS
PSは単体の樹脂材料として使われるだけでなく、アロイ材としても使われます。その代表例が変性PPE(PPE/PSアロイ)です。非晶性のPSを組み合わせることで、PPE単体では得られない加工性(流動性・寸法安定性)が強化され、電気電子用途を始め、極めて広範囲の用途で使われています。
機械的特性と設計時の評価ポイント
高い剛性・硬度と寸法精度の良さ
常温環境下において、PSの曲げ弾性率は高く、ABS樹脂に匹敵するか、グレードによってはそれ以上の剛性を持ちます。荷重がかかってもたわみにくいため、しっかりとした手触りや、カッチリとした勘合感を出したい場合に適しています。また、成形後のゆがみや反りが少ないため、フラットな面が必要な外観部品や、寸法公差が厳しい部品において優位性があります。
衝撃に弱い(特にGPPS)は脆性破壊が起きやすい
PSの最大の弱点は衝撃強度です。特にGPPSは粘り(靱性)がほとんどなく、落下などの衝撃を受けると、前触れなく一気に割れる「脆性破壊」を起こします。破片が鋭利になるため、安全性が求められる部品では注意が必要です。HIPSはゴム成分により粘りを持たせていますが、それでもABSほどの靱性はありません。設計段階で肉厚を確保する、角部にRをつけて応力集中を避けるなどの配慮が不可欠です。
長期荷重(クリープ)には弱い

PSは硬い材料ですが、長期間一定の力がかかり続けると徐々に変形したり、割れ(クリープ破壊)が生じたりしやすい傾向があります。特に、金属インサートの周辺や、常にテンションがかかるネジ止め部、スナップフィットの根元などは、時間の経過とともにクラック(ひび)が入りやすいため、高い応力がかかり続ける構造用途には不向きです。
耐薬品性・耐環境性の特徴
一般的な薬品への耐性
水、弱酸、弱アルカリに対しては安定しており、問題なく使用できます。一部の家庭用洗剤などにも耐性があるため、日用品や簡易容器として使用される範囲では問題になりにくいです。
有機溶剤に対する弱さ

PSは有機溶剤に対して非常に敏感です。アルコール類、ケトン類(アセトンなど)、エステル類、芳香族炭化水素(ベンゼン、トルエンなど)に触れると、表面が白化したり、溶解したりします。特に注意すべきは「ソルベントクラッキング(薬液による応力割れ)」です。溶剤が蒸気として存在する環境や、塗装・接着剤の使用時には、内部応力が残っている部分から微細な亀裂(クレイズ)が発生し、最終的に破断に至ることがあります。油分(食用油や機械油)にも弱いため、これらに触れる環境では使用不可です。
耐候性(紫外線)・耐湿性への注意

PSは紫外線に弱く、屋外で使用すると短期間で黄変し、強度が著しく低下してボロボロになります。したがって、屋外用途には適しません。また、吸水率は低いものの、水蒸気透過度は比較的高いため、内容物の乾燥を防ぐ完全な密閉容器としては適さない場合があります。
熱的特性と成形への影響
ガラス転移点(Tg)と耐熱性の評価
PSのガラス転移点はおよそ100℃ですが、実際の荷重下での熱変形温度(HDT)は70℃〜90℃程度です。これは汎用樹脂として平均的な数値ですが、決して耐熱性が高いわけではありません。80℃を超えるような高温環境や、熱湯がかかるような用途には不向きです。使用温度範囲は常温プラスアルファ程度と考えるのが安全です。
成形時の熱挙動
非晶性樹脂であるPSは、溶融状態から冷却固化する際に、特定の温度で急激に体積が減る(結晶化する)ことがありません。温度低下に伴って緩やかに体積が収縮するため、成形寸法が安定しやすい特性があります。ただし、急冷すると成形品内部に「残留応力」が溜まりやすくなります。この残留応力は、後々、溶剤に触れた際や経時変化による「後割れ」の原因となるため、注意が必要です。
成形収縮と反りの傾向
成形収縮率は0.4%〜0.7%程度と小さく、金型通りの寸法が得られやすい材料です。結晶性樹脂(PPやPE)のように配向による収縮差が激しくないため、反りやねじれも比較的少なく抑えられます。それでも、極端な肉厚差がある場合や、平板形状では反りが発生することがあるため、均肉設計が基本となります。
射出成形性と金型設計のポイント
流動性が高く薄肉成形にも向く
PSは溶融時の流動性が非常に良く、金型のキャビティ内へスムーズに充填されます。そのため、薄肉の部品や、投影面積の大きな製品でも成形しやすいというメリットがあります。成形サイクルも比較的短くできるため、生産性に優れます。
ゲート位置・冷却設計の注意
前述の通り、残留応力はクラックの主原因となります。ゲート付近は特に応力が高くなりやすいため、製品の機能上、力がかかる場所や溶剤に触れる可能性がある場所にはゲートを設置しないよう、金型設計時に配慮が必要です。また、コールドスラグ(最初に流入する冷えた樹脂)が製品表面に入ると外観不良や強度低下を招くため、コールドスラグウェルを適切に設けるなどの対策も重要です。
割れ・白化・応力クラック対策
PSは硬くて脆いため、成形後の金型からの突き出し(エジェクト)時に、無理な力がかかると割れたり、白化したりすることがあります。エジェクタピンの配置や本数を最適化し、均等に力がかかるように設計する必要があります。また、コーナー部分(角)への応力集中を防ぐため、設計上許される限りR(アール)を付けることが、割れ防止に最も効果的です。GPPSで割れが解決できない場合は、HIPSへの材料変更も有効な手段です。
射出成形での主な用途(射出用途に限定)
計測器・分析機器の透明部品
内部の状態を確認できる透明性が求められるカバーや観察窓、あるいはメーターの盤面などに使用されます。これらは通常、大きな衝撃や荷重がかからない部位であることが前提です。
医療系ディスポ部品

シャーレ(ペトリ皿)や試験管、検査キットのカートリッジなど、医療・研究分野での使い捨て部品に多用されます。高い透明性により内容物の確認が容易であり、かつ安価で寸法精度も良いため、大量生産されるディスポーザブル製品に最適です。
電気・電子機器の一般用途

冷蔵庫の内部トレー(透明性が必要な場合)や、電子機器内部の仕切り板、スペーサーなどに使用されます。ただし、可動部や熱を持つ部品の近くは避け、あくまで構造を保持する静的な部品が中心となります。
PS から上位材料へ置換する判断基準
衝撃強度が課題の場合
GPPSやHIPSでも強度が足りず、割れが多発する場合は、ABS樹脂への変更を検討します。ABSは剛性と耐衝撃性のバランスが優れています。透明性を維持したまま強度を上げたい場合は、PC(ポリカーボネート)が候補になりますが、コストは上がります。
耐熱性が不足する場合
透明性が必要で耐熱性を上げたい場合はPCを選択します。透明性が不要で、かつ機構部品としての摺動性や強度が求められる場合は、PBTやPOM、PA(ポリアミド)などのエンプラへ切り替えます。
耐薬品性が必要な場合
PSが溶剤や油分でクラックを起こす場合は、耐薬品性に優れる結晶性樹脂であるPP(ポリプロピレン)やPE(ポリエチレン)への変更が第一選択となります。ただし、寸法精度や剛性が低下するため、設計変更が必要になることがあります。寸法精度と耐薬品性の両方が必要な場合は、POMやPBTを検討します。
まとめ
PSは、その透明性、剛性、そして優れた成形性により、寸法精度が求められる部品や医療用ディスポーザブル製品などで非常に有用な材料です。しかし、脆性破壊のリスクや耐薬品性の低さといった弱点も明確であり、使用環境を誤ると重大な不具合につながりかねません。射出成形においては、材料特性を理解した上での製品設計と、残留応力を抑える金型・成形技術が品質の鍵を握ります。府中プラでは、PSの特性を熟知した上で、最適な材料選定や設計改善の提案を行っています。透明部品や精密部品の成形で課題をお持ちの場合は、ぜひ府中プラへご相談ください。

