PMMA(アクリル樹脂)の特性と設計・射出成形でのポイント
PMMA(ポリメチルメタクリレート)、通称アクリル樹脂は、「有機ガラス」とも称されるほど卓越した透明性と光学的特性を持つプラスチックです。プラスチック材料の中で最高レベルの透過率を誇り、美しい光沢と耐候性を兼ね備えていることから、表示窓、光学カバー、照明レンズ、監視窓など、「見る」機能や「見せる」機能が求められる射出成形部品において、第一に検討される材料です。
しかし、その美しい外観の一方で、衝撃に対する脆さや、アルコールなどの薬品に対する弱さといった明確な課題も抱えています。これらの弱点を理解せずに採用すると、市場でのクラック発生や破損といったトラブルに直結します。本コラムでは、PMMAの特性、具体的な使いどころ、そして設計・成形における実務的な注意点について、府中プラの技術的知見に基づき詳しく解説します。
PMMA の特性(光学特性・非晶性樹脂としての特徴)
高い透明性と光学的クリアさ

PMMAの最大の特徴は、全光線透過率が約92%〜93%に達することです。これは汎用樹脂の中でトップであるだけでなく、一般的な無機ガラス(約90%)をも凌ぐ数値です。ガラス特有の緑がかった色味もなく、極めて純粋でクリアな視認性が得られます。
また、光学的歪み(複屈折)が少ないため、光を透過させた際の像の揺らぎが少なく、精密な光学部品に適しています。射出成形においても、金型表面の転写性が非常に良く、鏡面仕上げの金型を使用すれば、素晴らしい光沢を持つ美しい製品が得られます。逆にシボ加工を施せば、上品で均一なマット感を表現することも可能です。
非晶性樹脂としての位置付け
PMMAは「非晶性樹脂」に分類されます。結晶構造を持たないため、溶融状態から固化する際の体積収縮が比較的緩やかで、成形収縮率は0.4%〜0.7%程度と小さく収まります。
このため、寸法精度を出しやすく、成形後の寸法変化も少ないため、嵌合精度が求められるケース部品や、平面度が重要となる光学フィルターなどの用途において、非常に扱いやすい材料と言えます。
PCとの比較
透明樹脂を選定する際、必ずと言っていいほど比較対象となるのがPC(ポリカーボネート)です。透明性に関しては、PMMAがPC(透過率88〜90%)より優れています。PCはわずかに青みや黄色みを帯びることがありますが、PMMAは無色透明です。一方、耐衝撃性に関してはPCが圧倒的に優れており、PMMAは劣ります。
成形性に関しては、PCは粘度が高く流動性が悪いうえに高温成形が必要ですが、PMMAは比較的流動性が良く、成形条件の幅も広いため、成形安定性の面ではPMMAの方が扱いやすいと言えます。用途に応じて、この「透明性」と「強度」のバランスを見極めることが重要です。
機械的特性と設計上の注意点
剛性・表面硬度が高く傷がつきにくい
PMMAの常温での曲げ弾性率は約3000MPa前後あり、プラスチックの中では高い剛性を持ちます。製品にした際、しっかりとした硬さがあり、たわみにくいのが特徴です。
また、特筆すべきは表面硬度の高さです。鉛筆硬度で2H〜3H程度あり、これはPC(2B程度)と比較して格段に硬いです。そのため、擦り傷がつきにくく、長期間使用しても透明な外観を維持しやすいというメリットがあります。この特性から、人の手が触れるタッチパネルのカバーや操作パネルの表面材として好まれます。
脆性破壊のリスク
剛性が高い反面、PMMAは「脆い」材料です。粘り(靱性)が乏しく、強い衝撃を受けるとガラスのように粉々に割れる「脆性破壊」を起こします。設計時には、この脆さをカバーする工夫が不可欠です。特に、コーナー部分(角)に応力が集中すると、そこを起点に簡単に割れてしまいます。そのため、製品のエッジやリブの根元には、可能な限り大きなRを付け、応力を分散させる形状設計を行う必要があります。鋭角なノッチ(切り欠き)形状は厳禁です。
荷重のかかる構造用途には不向き
PMMAは、ボルト締めや圧入、スナップフィットといった、局所的に高い応力がかかり続ける構造には不向きです。一定の荷重がかかり続けると、時間の経過とともに「クリープ破壊」や、微細な亀裂(クレイズ)が発生しやすくなります。特に、金属インサート成形やタッピンねじの使用は、ボス周辺に高いフープ応力(円周方向の引張応力)が発生し、遅れ破壊(成形後しばらくしてから割れる現象)の原因となるため、避けるか、極めて慎重な設計検証が必要です。基本的には、軽負荷の部品や、外観・カバー部品としての利用が中心となります。
耐薬品性・耐環境性
耐薬品性は弱く、特にアルコール・溶剤に脆弱
PMMAを採用する上で最大の懸念点は、耐薬品性の低さです。特に、エタノールやIPA(イソプロピルアルコール)などのアルコール類、アセトン、シンナーなどの有機溶剤には極めて弱いです。これらの溶剤が付着すると、ポリマー鎖の間に入り込み、成形時に生じた残留応力を解放しようとする力が働き、表面に無数の細かいヒビ(ソルベントクラッキング/ケミカルクラック)が発生します。最悪の場合、破断に至ります。
医療機器や分析機器など、日常的にアルコールで清拭消毒が行われる製品への採用には細心の注意が必要です。耐アルコール性を向上させたグレードもありますが、基本的には「溶剤厳禁」と認識すべきです。
UV耐性は良好

PCやPS(ポリスチレン)などの他の透明樹脂は、紫外線にさらされると黄変したり、強度が低下したりしやすいですが、PMMAはアクリル基の中に紫外線を吸収する構造を持たないため、紫外線に対して非常に安定しています。長期間屋外で使用しても、あるいは蛍光灯やLEDの光を浴び続けても、透明性や色調の変化が極めて少ないです。このため、屋外の監視カメラドームや、照明器具のカバーなどにおいて、長期的な美観維持が期待できます。
吸水による寸法変化は小さい
PMMAは吸水率が0.3%〜0.4%程度あり、PA(ナイロン)ほどではありませんが、若干の吸水性を持っています。しかし、吸水による寸法変化率は小さく、実用上問題になることは稀です。PCのように吸水加水分解(高温多湿下での強度低下)を起こすリスクも低いため、水回りや湿度の高い環境で使用される精密部品や光学部品としても、比較的安心して使用できます。
熱的特性と成形への影響
Tgと耐熱性
PMMAのガラス転移点(Tg)は約105℃前後で、荷重たわみ温度(HDT)はグレードによりますが80℃〜100℃程度です。汎用樹脂としては高い耐熱性を持ちますが、PC(HDT 120℃〜140℃)と比較すると劣ります。100℃近い高温環境や、高輝度LEDの直近など発熱源の近くで使用する場合、軟化や変形のリスクがあります。高温になる産業機器の光学窓などには、PCの採用を検討すべきです。
成形収縮の小ささ
前述の通り、非晶性樹脂であるPMMAは成形収縮率が小さく、異方性(縦横の収縮差)も少ないため、反りの少ない製品が得られます。レンズやプリズムなどの肉厚部品においては、この収縮の小ささが形状精度の維持に寄与します。ただし、肉厚部にはヒケやボイド(気泡)が発生しやすいため、保圧条件の管理が重要になります。
成形時に発生しやすい不良
PMMAの成形では、外観品質を損なう不良への対策が重要です。まず、予備乾燥不足による「銀条(シルバー、シルバーストリーク)」が発生しやすいです。PMMAは吸湿しやすいため、成形前に十分な除湿乾燥(通常80℃で4〜6時間以上)が必須です。また、無理な充填や急冷による「残留応力」は、後のクラックや光学歪みの原因となります。偏光板を通して見ると、応力が残っている部分は虹色の模様として現れるため、光学部品では特に成形条件での低応力化が求められます。
射出成形性と金型設計のポイント
流動性と成形の基本
PMMAの溶融粘度は中程度で、PCよりは流動性が良いものの、PSやPPほどサラサラとは流れません。特に薄肉製品や長尺製品では、充填圧力が不足しないよう注意が必要です。しかし、肉厚が極端に薄くなければ、プロセスウィンドウ(良品が得られる条件範囲)は比較的広く、安定した生産が可能です。PCのような極端な糸引きやヤケのトラブルは少ないです。
金型温度管理の重要性
PMMA成形において最も重要なパラメータの一つが「金型温度」です。透明性と光沢を最大限に引き出すためには、金型温度を高め(60℃〜90℃程度)に設定し、樹脂が金型表面に密着した状態でゆっくりと冷却させる必要があります。金型温度が低いと、樹脂が急冷されて固化し、フローマークやウェルドラインが目立つだけでなく、内部に応力が残留しやすくなります。光学部品では、金型温度調節機を用いて精密な温度管理を行うことが必須です。
外観不良の対策
透明部品では、わずかな異物混入やガス焼けも許されません。金型設計においては、エアーベント(ガス抜き)を適切に配置し、ガスの逃げ道を作ることが重要です。また、ゲート位置は、ウェルドラインが目立つ場所(表示部など)に出ないよう配慮する必要があります。ゲートサイズも、圧力損失を防ぎ、保圧を十分に効かせるために、やや大きめに設定するのが一般的です。
肉厚設計においては、急激な肉厚変化を避けることが鉄則です。肉厚差があると、冷却速度の差によるヒケやボイド、光学的歪みが発生しやすくなります。
射出成形での実用用途
光学カバー・表示窓
計測器、分析機器、FA機器などの操作パネルにおける「表示窓」や「モニターカバー」として広く採用されています。液晶画面やLED表示を保護しつつ、クリアに見せるためにはPMMAが最適です。傷がつきにくいため、清掃頻度の高い機器でも美観を保てます。
照明部品・ライトガイド(低荷重部品)
LEDの光を導く「ライトガイド(導光板)」や、光を拡散させる「拡散レンズ・カバー」に使用されます。PMMAの高い透過率と、光をロスなく伝える特性が活かされます。ここでは、製品自体に大きな荷重がかからないことが前提となります。
産業機器・医療機器の透明部品
内部の流体や動作状況を目視確認するための「観察窓」、フィルターハウジングの透明カップ、検査装置のカバーなどに使用されます。ただし、医療機器などで耐薬品性が求められる場合は、接触する薬液の種類を厳密に確認するか、耐薬品性グレードを選定する必要があります。また、高級感のある外観を活かし、化粧品容器や高級家電の筐体にも使用されます。
PMMA → 上位材料への置換判断(実務的な使い分け)
衝撃特性が足りない場合
PMMAでは割れやすく強度が不足する場合は、PC(ポリカーボネート)への変更を行います。PCは圧倒的な耐衝撃性を持ちます。ただし、PCは表面硬度が低く傷つきやすいため、必要に応じてハードコート処理を検討します。透明性が必須でなく、外観の良さと強度が欲しい場合は、PC/ABSアロイなども選択肢に入ります。
耐薬品性が必要な場合
アルコールや溶剤に触れる環境で、透明性が多少犠牲になっても良い場合は、PP(ポリプロピレン)やPE(ポリエチレン)への変更を検討します。これらは耐薬品性が非常に高いです。透明性を維持したい場合は、透明ナイロン(PA)や共重合ポリエステルが候補になりますが、コストや成形性の確認が必要です。不透明でも良く、機械的強度や摺動性も必要な場合は、POM(ポリアセタール)やPBT(ポリブチレンテレフタレート)を選択します。
高い耐熱性・光学用途が必要な場合
150℃を超えるような高温環境で、かつ透明性が必要な場合は、PEI(ポリエーテルイミド)やPES(ポリエーテルサルホン)といったスーパーエンプラの領域になります。これらは非常に高価であり、琥珀色に着色しているものが多いため、通常のPMMA用途からの代替としては、コストと色の面でハードルが高いです。よほど特殊な耐熱光学部品でない限り、採用は限定的です。
まとめ
PMMAは、その卓越した透明性、光学的クリアさ、そして美しい外観品質により、非晶性樹脂の中でも特別な地位を占める材料です。計測器、医療機器、産業機器の透明窓やカバーなど、「見る・見せる」機能を持つ部品においては、他の追随を許さない価値を提供します。
一方で、衝撃に対する脆さや耐薬品性の低さ、成形時の内部応力によるクラックリスクなど、デリケートな一面も持ち合わせています。トラブルを防ぎ、PMMAの特性を最大限に活かすためには、用途に適しているかの慎重な判断と、それに基づいた適切な製品設計、そして金型設計と成形条件の最適化が不可欠です。
府中プラでは、長年にわたる透明樹脂の成形実績があり、外観品質がシビアなPMMA部品の量産経験も豊富です。材料選定の段階から、クラックや歪みを抑えるための技術的なアドバイス、そして安定した品質を実現する製造まで、実務的な支援を提供いたします。PMMA製品の開発や成形で課題をお持ちの際は、ぜひ府中プラへご相談ください。

