材料起因で起こる設計トラブル、避けるための5つの視点(前編):エンプラ選定で見落とされがちな基本と落とし穴

「材料はカタログに記載された通りの性能を発揮してくれるはずだ」。製品設計に携わる多くの技術者が、そう信じて日々の業務に取り組んでいるのではないでしょうか。しかし、その期待とは裏腹に、図面通りに完璧に設計し、形状にも何ら問題がないはずなのに、いざ試作や量産に進むと、実際の現場では思いもよらないトラブルに見舞われることがあります。それは、部品の割れや予期せぬ変形、腐食による劣化、あるいは期待した寸法がどうしても出ないといった、頭を悩ませる問題群です。そして、これらの問題の根本原因を探っていくと、設計そのもののミスではなく、実は「材料選定時の視点の甘さ」や「材料特性への理解不足」に起因するケースが驚くほど多いのです。
特に、金属の代替や高機能化を目的として採用が拡大しているエンジニアリングプラスチック(エンプラ)は、その種類が多岐にわたり、それぞれが固有の物理的・化学的特性を持っています。この多様性と複雑性が、時として設計者にとって思わぬ落とし穴となるのです。カタログデータはあくまで特定の条件下での代表値であり、実際の使用環境や成形プロセスが材料の性能に与える影響は、想像以上に大きいものがあります。その影響を見誤ると、製品の品質や信頼性に深刻なダメージを与えかねません。
本コラムでは、こうした背景を踏まえ、経験豊富な設計者であっても見落としがちな「材料起因の不具合」に焦点を当てます。具体的には、エンプラ選定時に特に注意すべき5つの重要な視点のうち、前編ではまず2つの視点「吸水と寸法変化」、「耐薬品性の盲点」を取り上げ、それぞれの現象がなぜ起こるのか、どのようなトラブルにつながるのかを、具体的な事例を交えながら深掘りします。さらに、これらのトラブルを未然に防ぐための実践的な設計アプローチや対策を提案することで、読者の皆様がより確実な材料選定を行い、製品開発の成功率を高めるための一助となることを目指します。材料のポテンシャルを最大限に引き出し、信頼性の高い製品を生み出すために、ぜひ本コラムをお役立てください。
吸水と寸法変化:設計通りにいかないPA系材料
エンジニアリングプラスチックの中でも、PA(ポリアミド)、一般的にはナイロンとして知られる材料群は、その優れた機械的強度、耐摩耗性、自己潤滑性などから、ギアや軸受け、摺動部品、構造部品など幅広い用途で使用されています。代表的なものにPA6やPA66、さらには高機能なMXD6などがありますが、これらのPA系材料を選定・使用する上で絶対に無視できないのが「吸水」という特性です。PAの分子構造中にはアミド基(-CONH-)が存在し、このアミド基が水分子と水素結合しやすいため、周囲の湿度環境に応じて水分を吸収します。この吸水現象は、材料に二つの大きな変化をもたらします。一つは「寸法膨張」、もう一つは「機械的物性の低下」です。
寸法膨張は、特に精密な寸法精度が要求される部品において深刻な問題を引き起こします。例えば、射出成形直後のPA部品は、金型内で高温にさらされ、その後冷却されるため、含水率は非常に低い状態(乾燥状態に近い)にあります。この時点では設計通りの寸法が出ていたとしても、製品が組み立てられ、実際に市場の様々な湿度環境に置かれると、徐々に水分を吸収し始めます。その結果、部品が膨張し、当初設計していたクリアランスが想定よりも小さくなってしまうのです。嵌合部がきつくなって組み立てられなくなったり、摺動部品が固着して動かなくなったり、ギアのバックラッシュが変化して異音や摩耗の原因になったりする事例は後を絶ちません。特に、輸出製品のように、製造拠点と使用地域の湿度環境が大きく異なる場合には、この寸法変化を考慮しない設計は致命的な欠陥につながりかねません。
もう一つの重要な変化である機械的物性の低下は、吸水によってPAの分子鎖間に水分子が入り込み、分子鎖の動きを活発化させる(可塑化効果)ために起こります。具体的には、剛性(弾性率)や引張強度が低下し、逆に伸びや衝撃強度は向上する傾向があります。しかし、構造部材として強度を期待している部品が、湿度の高い環境で使用されるうちに剛性不足でたわんでしまったり、繰り返し荷重に対して早期に疲労破壊したりするケースも考えられます。例えば、成形直後の乾燥状態では十分な強度を示していたクリップ部品が、高湿度環境下で吸水し、保持力が低下して外れてしまうといったトラブルも、この物性変化に起因します。
対策
寸法変化を見越した設計マージンの確保
材料メーカーが提供する飽和吸水率データや、想定される使用環境の湿度範囲(例えば、JIS規格で定められている標準状態や、高温高湿環境など)における平衡吸水時の寸法変化率データを必ず確認します。これらのデータに基づき、予想される最大の寸法変化量(膨張代)を算出し、クリアランスや公差設定に織り込みます。場合によっては、実環境を模した吸水試験を行い、実測値に基づいて設計マージンを決定することも有効です。
乾燥管理と保管条件の徹底
成形されたPA部品は、吸湿を防ぐために適切な管理が必要です。例えば、吸湿性の低い防湿袋に乾燥剤と共に入れて密封保管する、温湿度管理された倉庫で保管する、あるいは製品組み立て直前まで乾燥状態を維持するためのベーキング処理(製品によっては反りや変形の原因になるため注意が必要)を検討するなどの対策が考えられます。特に長期間保管する場合は、定期的な含水率のチェックも重要です。
吸水の少ない材料への変更
PA系材料の吸水による寸法変化や物性低下が許容できない場合、あるいは管理コストが見合わない場合は、根本的な対策として吸水率の低い他のエンプラへの変更を検討します。例えば、PPS(ポリフェニレンサルファイド)やPBT(ポリブチレンテレフタレート)は、優れた機械的特性と耐熱性を持ちながら吸水率が非常に低く、寸法安定性に優れます。また、
PPSU(ポリフェニルサルホン)のようなスーパーエンプラも、高温特性や耐薬品性に加えて低吸水性を実現しています。ただし、これらの材料はPA系材料と比較してコストが高い場合や、成形性、耐衝撃性などが異なる場合があるため、要求性能とコストのバランスを総合的に評価する必要があります。
耐薬品性の盲点:高温環境下での化学的劣化
製品が様々な化学薬品に接触する可能性がある場合、材料の耐薬品性は極めて重要な選定基準となります。特に、自動車部品、医療機器、化学プラント関連部品などでは、ガソリン、オイル、洗浄剤、消毒液、各種溶剤といった多種多様な薬品への耐性が求められます。多くの材料メーカーは、自社材料の耐薬品性に関するデータを提供していますが、ここで設計者が陥りやすいのが、「カタログデータの過信」という落とし穴です。カタログに記載されている「耐薬品性良好」や「使用可」といった評価は、多くの場合、常温(例えば23℃程度)かつ短時間の浸漬試験、さらには応力がかかっていない無負荷状態での結果に基づいていることが一般的です。しかし、実際の製品使用環境は、これらの標準的な試験条件よりもはるかに過酷であるケースが少なくありません。
特に注意が必要なのは、「高温環境下」での化学的劣化です。一般的に化学反応の速度は温度に大きく依存し、温度が10℃上昇すると反応速度が2~3倍になる(アレニウスの法則)と言われています。つまり、常温では問題ないとされる薬品であっても、高温環境下では材料の分解や膨潤、変質といった化学的劣化が急速に進行する可能性があるのです。例えば、ある種のオイルに対して常温では優れた耐性を示すエンプラが、エンジンのように高温になる部品の近傍で使用された場合、オイルの酸化劣化物が生成されやすくなり、その影響で材料が早期に脆化したり、クラックが発生したりすることがあります。
さらに厄介なのが、「応力」と「薬品」と「温度」の複合的な作用です。部品に成形時の残留応力や組付け時の応力、あるいは使用中の機械的負荷がかかっている状態で特定の薬品に接触すると、「環境ストレスクラック(ESC:Environmental Stress Cracking)」や「応力腐食割れ(SCC:Stress Corrosion Cracking)」と呼ばれる現象が発生しやすくなります。これらは、材料が本来持つ強度よりもはるかに低い応力レベルで、微細な亀裂が発生し、それが徐々に進展して最終的な破壊に至るというものです。例えば、PC(ポリカーボネート)はアルカリ性の洗浄剤や特定の有機溶剤に対してESCを起こしやすく、金属インサート成形された部品のインサート周囲に応力が集中している箇所からクラックが発生する事例が知られています。
驚くべきことに、PPSU(ポリフェニルサルホン)、PES(ポリエーテルサルホン)、PPS(ポリフェニレンサルファイド)といった、一般的に高耐熱性や高耐薬品性を謳うスーパーエンプラであっても、特定の薬品や過酷な条件下ではこれらの現象から完全に逃れられるわけではありません。例えば、PPSUは一部の極性溶媒や強酸・強アルカリに対して、またPPSは高温の酸化性雰囲気や特定の有機溶剤に対して、応力下では劣化が促進される場合があります。したがって、カタログデータに「耐薬品性良好」と記載されていても、それを鵜呑みにせず、実際の使用条件を慎重に吟味し、必要に応じて追加の評価を行うことが不可欠です。「このグレードなら大丈夫だろう」という安易な判断が、後に大きなトラブルを招くことを肝に銘じるべきです。
対策
実使用温度・薬品濃度・荷重条件に即した耐性評価の実施
まず、製品が実際に使用される環境における①最高/最低温度、②接触する可能性のある全ての薬品の種類とその濃度、③部品にかかる応力の種類(引張、圧縮、曲げ、ねじり等)と大きさ、④薬品への暴露時間や頻度を可能な限り正確に把握します。これらの情報をもとに、材料メーカーに問い合わせて該当条件下での詳細な耐薬品性データ(例えば、特定の温度・濃度での浸漬試験後の物性変化率、あるいは応力下での耐ESC性試験データなど)の提供を依頼します。
材料メーカーによる実使用条件でのデータ取得、あるいは実機模擬試験の実施
もしメーカーが保有するデータだけでは判断が難しい場合、あるいはより高い信頼性が求められる場合は、実使用条件を模擬した追加試験の実施を検討します。これには、材料メーカーに依頼して特定の条件下でのカスタム試験を実施してもらう方法や、自社あるいは外部の試験機関で、実際の製品形状に近い試験片や、場合によっては製品そのものを用いて、想定される最も過酷な環境(最高温度、最高濃度、最大応力、最長暴露時間など)を再現した模擬試験(例えば、高温の薬品に浸漬した状態で一定の荷重をかけ続ける試験など)を行う方法があります。この際、外観変化(膨潤、変色、クラックの有無)だけでなく、重量変化、寸法変化、機械的物性(引張強度、曲げ強度、衝撃強度など)の変化も定量的に評価することが重要です。
(後編に続く)