技術解説

材料起因で起こる設計トラブル、避けるための5つの視点(後編):エンプラ選定で見落とされがちな基本と落とし穴

材料起因で起こる設計トラブル、避けるための5つの視点(後編):エンプラ選定で見落とされがちな基本と落とし穴

コラム前編では、製品設計における材料起因のトラブルを避けるための5つの視点のうち、「1.吸水と寸法変化:設計通りにいかないPA系材料」および「2.耐薬品性の盲点:高温環境下での化学的劣化」について、具体的な事例と対策を解説しました。カタログデータだけでは見えてこない材料の挙動や、使用環境との相互作用がいかに重要であるかをご理解いただけたかと思います。

後編では、引き続きエンジニアリングプラスチック(エンプラ)選定で見落とされがちな残りの3つの視点、「3.クリープと荷重保持」、「4.寸法精度と成形収縮」、「5.環境ストレス割れと脆性破壊」について深掘りしていきます。これらの現象もまた、設計段階での十分な配慮がなければ、製品の品質や信頼性に大きな影響を与える可能性があります。最後に、本コラム全体のまとめとして、材料起因のトラブルを未然に防ぐための設計アプローチの要点をお伝えします。

クリープと荷重保持:意外と多い“たわみ不良”

製品の構造部材や固定具など、長期間にわたって一定の荷重を支え続ける部品において、設計者がしばしば見落としがちなのが「クリープ」という現象です。クリープとは、材料に一定の応力(荷重)をかけ続けると、時間の経過とともにひずみ(変形)が徐々に増加していく現象を指します。特に、PC(ポリカーボネート)、mPPE(変性ポリフェニレンエーテル)、PPSU(ポリフェニルサルホン)といった非晶性のエンプラは、その分子構造(ランダムな分子鎖の絡み合い)に起因して、ガラス転移点以下の温度であっても、このクリープ変形が比較的起こりやすい傾向があります。

設計者は、材料選定の際に、荷重たわみ温度(HDT)や長期耐熱性の指標である相対温度指数(RTI)といったカタログデータを参考にすることが多いでしょう。これらの指標は、材料が一定の短時間荷重や長期間の熱劣化に対してどの程度の耐性を持つかを示すものであり、確かに重要な特性です。しかし、HDTやRTIの値が高いからといって、静的な荷重が長時間作用する場合の形状維持性能、すなわち「耐クリープ性」も同様に優れているとは限りません。HDTはあくまで短期的な熱変形性を見る指標であり、RTIは主に電気的・機械的特性の経時劣化を見るもので、クリープによる変形そのものを直接評価するものではないのです。

実際に、「HDTが高いから大丈夫だろう」と考えて採用した材料が、高温環境下で長期間荷重を受け続けた結果、徐々にたわんでしまったり、座屈してしまったりして、製品の機能を損なうという事例は少なくありません。例えば、電子機器の筐体内部で基板を支えるボスやリブがクリープ変形し、基板の位置ずれや接触不良を引き起こしたり、照明器具の反射板を固定している部品が熱と自重で変形し、反射効率が低下したりするケースが考えられます。また、締結部品として使用される樹脂製のボルトやナットが、初期の締結トルクを維持できずに緩んでしまうのも、クリープが関与している可能性があります。これらの“たわみ不良”や“へたり”は、製品の信頼性や寿命に直結する問題でありながら、初期設計段階では見過ごされやすい落とし穴と言えるでしょう。

対策

使用温度と荷重条件に応じたクリープデータの確認

材料メーカーは、主要なグレードについて、様々な温度条件下でのクリープ曲線(応力-ひずみ-時間 の関係を示したグラフ)や、クリープ弾性率(時間とともに変化する見かけの弾性率)のデータを提供しています。設計者は、製品が実際に使用される温度と、部品にかかる荷重(応力)を正確に把握し、これらのクリープデータを参照して、許容される使用期間内での変形量が設計上の許容範囲内に収まるかどうかを評価する必要があります。特に高温域での使用が想定される場合は、より詳細なクリープデータの確認が不可欠です。

結晶性樹脂やガラス繊維強化材の活用

 一般的に、PPS(ポリフェニレンサルファイド)やPEEK(ポリエーテルエーテルケトン)のような結晶性樹脂は、その規則正しい分子構造により、非晶性樹脂に比べて高い耐クリープ性を示します。また、ガラス繊維や炭素繊維で強化された複合材料は、母材樹脂のクリープ変形を繊維が抑制するため、大幅な耐クリープ性の向上が期待できます。もし非晶性樹脂のクリープ特性が要求を満たせない場合は、これらの材料への変更を検討することが有効な対策となります。ただし、結晶性樹脂は成形収縮の異方性が大きい、繊維強化材はコストアップや外観性の低下といった別の課題も考慮に入れる必要があります。設計段階でリブを追加して剛性を高める、荷重を受ける部分の断面積を増やすといった形状的な工夫も、クリープ変形を抑制する上で効果的です。

寸法精度と成形収縮:結晶性樹脂での誤算

PPS(ポリフェニレンサルファイド)、PBT(ポリブチレンテレフタレート)、PA66、POM(ポリアセタール)といった結晶性のエンプラは、その優れた機械的強度、耐熱性、耐薬品性、耐摩耗性などから、多くの工業製品に不可欠な材料として広く採用されています。しかし、これらの結晶性樹脂を扱う上で設計者が直面する大きな課題の一つが、「成形収縮」のコントロールです。結晶性樹脂は、溶融状態から冷却固化する際に、分子が規則正しく配列して結晶構造を形成します。この結晶化に伴い、非晶性樹脂(例:PC、ABS)と比較して体積収縮が大きくなる傾向があります。一般的に、非晶性樹脂の成形収縮率が0.5~0.8%程度であるのに対し、結晶性樹脂では1.5~2.5%あるいはそれ以上になることも珍しくありません。

この大きな収縮率そのものも問題ですが、さらに厄介なのは、収縮が「異方性」を持つという点です。つまり、金型キャビティ内で溶融樹脂が流れる方向(Flow Direction: FD)と、それに直交する方向(Transverse Direction: TD)とでは、収縮の度合いが異なるのです。これは、流動中に分子鎖が流れ方向に配向しやすく、その配向状態が固化後も残ることが主な原因です。結果として、同じ金型で成形された部品であっても、測定する方向によって寸法が異なり、設計値からのズレが部分的に大きくなったり、予期せぬ反りやねじれといった変形が生じたりします。例えば、長方形の平板をゲート位置を一方向からにして成形すると、流れ方向の収縮率よりも直交方向の収縮率の方が大きくなる傾向があり、結果として部品が鞍反り(サドル反り)を起こすことがあります。

このような成形収縮の異方性や不均一な収縮は、特に精密な嵌合が要求される部品や、複数の部品を組み合わせて一つのユニットを構成する製品において、深刻な組付け不良を引き起こします。例えば、ハウジング部品同士がうまく勘合しなかったり、隙間ができて気密性が損なわれたり、あるいは無理に組み付けることで部品内部に過大な応力が残留し、使用中の早期破損の原因となったりします。また、ネジ穴の位置がずれてネジが締まらない、ピンが圧入できないといった、量産ラインでの作業性を著しく低下させる問題も発生しがちです。設計段階でこれらの収縮特性を十分に理解し、対策を講じておかないと、金型修正に多大なコストと時間を費やすことになりかねません。

対策

ゲート位置や流動設計(ランナー、ゲートシステム)の見直し

成形収縮の異方性を最小限に抑えるためには、金型キャビティ内での樹脂の充填パターンと圧力分布をできる限り均一にすることが重要です。ゲートの種類(サイドゲート、ピンポイントゲート、サブマリンゲート、フィルムゲートなど)、ゲートの位置、ゲート数を最適化し、ウェルドライン(樹脂の合流部)の発生位置や強度をコントロールすることで、反りや変形を抑制します。例えば、対称形状の部品であれば、対称な位置に複数のゲートを設けることで、バランスの取れた充填が期待できます。また、充填末端にオーバーフローウェルを設けることも、末端の圧力低下を防ぎ、収縮の均一化に寄与する場合があります。

CAE活用による変形予測と金型補正

近年では、CAE(流動解析)の精度が向上し、成形前の段階で部品の反りや変形、収縮の異方性を高い精度で予測することが可能になっています。CAEシミュレーション結果に基づいて、あらかじめ変形を見越した金型形状の補正(いわゆる「見込み変形」や「逆反り」を金型に織り込む)を行うことで、成形品の寸法精度を大幅に向上させることができます。これにより、試作成形や金型修正の回数を削減し、開発期間の短縮とコストダウンに貢献します。

非晶性樹脂(PC、PPSUなど)への変更

どうしても結晶性樹脂の寸法安定性では要求仕様を満たせない場合、あるいはCAEや金型技術を駆使してもコントロールが困難な場合には、材料そのものの変更を検討する必要があります。PC(ポリカーボネート)や非晶性ポリエステル、PPSU(ポリフェニルサルホン)といった非晶性樹脂は、成形収縮率が小さく、かつ異方性も少ないため、一般的に高い寸法精度が得やすいです。ただし、これらの材料は耐薬品性や耐疲労性、コストなどが結晶性樹脂と異なる場合があるため、要求性能全体とのバランスを考慮して慎重に選択する必要があります。また、成形条件(金型温度、射出圧力、保圧時間、冷却時間など)も収縮に大きな影響を与えるため、材料の特性に合わせた最適な成形条件の設定が不可欠です。

環境ストレス割れと脆性破壊:見えない応力が招く破損

プラスチック製品が、特に目立った外力を受けていないにもかかわらず、ある日突然、クラックが入ったり、脆く割れてしまったりする現象があります。これは「環境ストレス割れ(ESC:Environmental Stress Cracking)」や「ソルベントクラック」と呼ばれるもので、設計者にとっては非常に厄介なトラブルの一つです。この現象の背景には、成形時に部品内部に残留した「内部応力(残留応力)」と、製品が使用される環境中の特定の化学物質や物理的ストレス(例:紫外線、熱)との複合的な作用が隠されています。

射出成形品には、程度の差こそあれ、必ず内部応力が存在します。これは、溶融した樹脂が金型キャビティ内で急冷される際に、表面と内部で冷却速度に差が生じたり(スキンコア構造)、樹脂が流動する際に分子が特定の方向に引き伸ばされて配向したりすることが原因で発生します。特に、複雑な形状の部品や、肉厚が急激に変化する箇所、金属インサートが挿入されている周辺などでは、大きな内部応力が集中しやすくなります。この内部応力は、いわば部品が常に内側から引っ張られているような状態であり、それ自体が直ちに問題を引き起こすわけではありませんが、潜在的な弱点となります。

問題は、この内部応力が高い状態で、外部からの比較的小さな機械的応力(例えば、組付け時の締め付け力、製品の自重、微振動など)が加わったり、特定の化学薬品(洗剤、化粧品、有機溶剤、オイル、接着剤など)に接触したり、あるいは紫外線に長時間暴露されたりすると、材料の分子鎖が化学的に切断されたり、微細な亀裂(マイクロクラックやクレーズ)の発生・進展が促進されたりすることです。その結果、材料が本来持っている強度よりもはるかに低い応力レベルで、突然クラックが走り、最終的には脆性的な破壊に至るのです。

特に、PC(ポリカーボネート)、PMMA(アクリル樹脂)、PS(ポリスチレン)、そして一部の透明グレードのPPSU(ポリフェニルサルホン)などの透明樹脂は、この環境ストレス割れを起こしやすい傾向があります。これは、これらの材料が特定の薬品に対して敏感であることや、クラックが目視で確認しやすいため問題として顕在化しやすいことなどが理由として挙げられます。また、ガラス繊維などで強化された高剛性の樹脂も、母材樹脂の伸びが小さいために、応力集中部での微小な亀裂が進展しやすく、注意が必要です。具体的なトラブル事例としては、電子機器の筐体のネジボス周辺にクラックが発生する、化粧品容器が内容物の成分で割れる、屋外で使用される部品が紫外線劣化と雨水の影響で脆化し破損する、シャープなエッジ部からチッピング(微小な欠け)が発生し、そこを起点に大きな割れに発展する、などが挙げられます。

対策

応力集中を避ける設計(Rの付与、インサート部の肉厚確保など)

設計段階で、応力集中を極力避けるための配慮が不可欠です。部品のコーナー部にはできるだけ大きなR(丸み)を設け、リブの付け根やボス周辺なども滑らかな形状にします。肉厚の急激な変化は避け、均一な肉厚設計を心がけます。金属インサートを用いる場合は、インサート金具と樹脂との線膨張係数の違いから生じる応力や、成形時の収縮応力を考慮し、インサート周囲の樹脂肉厚を十分に確保することが重要です。

アニール処理(熱処理)や応力緩和処理の検討

成形後に部品をアニール処理(材料のガラス転移点よりもわずかに低い温度で一定時間加熱し、その後ゆっくりと冷却する熱処理)することで、成形時に発生した内部応力を大幅に低減させることができます。これにより、耐環境ストレス割れ性や寸法安定性の向上が期待できます。ただし、アニール処理にはコストと時間がかかること、また部品形状によっては変形を引き起こす可能性もあるため、適用にあたっては事前の検証が必要です。

靭性(粘り強さ)の高い材料への変更

破壊に対する抵抗力、すなわち靭性の高い材料を選定することも有効な対策です。例えば、同じ種類の樹脂でも、分子量を高くしたり、ゴム成分を配合(アロイ化やポリマーブレンド)したりすることで靭性を向上させたグレードがあります。特定のグレードのPPSUや、mPPE(変性ポリフェニレンエーテル)、ABS樹脂などは、比較的良好な靭性を示すことがあります。材料選定時には、衝撃強度(特にノッチ付きシャルピー衝撃強さやアイゾット衝撃強さ)のデータも参考にすると良いでしょう。また、成形条件(金型温度を高めに設定して充填時のせん断応力を下げる、保圧を適切に設定するなど)を最適化することでも、内部応力の低減に繋がる場合があります。

まとめ

エンプラをはじめとする工業材料の選定は、単にカタログスペックを比較して「選べば終わり」という単純な作業ではありません。むしろ、「その材料が持つ固有の特性を深く理解し、実際の使用環境や成形プロセスにおける挙動を予測し、適切な使い方を熟知しなければ始まらない」と言っても過言ではないでしょう。設計不良や加工不良と結論付けられがちな製品トラブルの多くは、その実、材料が持つデリケートな性質や潜在的な限界を見落とした結果として発生しているのです。

本コラムで前編、後編にわたり解説した「吸水と寸法変化」「耐薬品性の盲点」「クリープと荷重保持」「寸法精度と成形収縮」「環境ストレス割れと脆性破壊」という5つの視点は、エンプラを選定し、それを用いた製品設計を行う上で、特に注意を払い、事前に検討すべき基本的なポイントです。これらの視点を設計の初期段階から常に念頭に置き、材料メーカーから提供される技術情報を多角的に吟味し、必要に応じて実使用条件を模擬した評価やシミュレーションを積極的に行うことで、開発の後期段階や市場投入後に発生しうる初期トラブルの多くは未然に防ぐことが可能です。

最終的には、材料の知識だけでなく、成形加工に関する知見も重要となります。経験豊富で信頼できる成形メーカーや材料サプライヤーと、設計の構想段階、材料選定の段階から密接に連携し、彼らが持つ専門的な知識や過去のトラブル事例、最新の技術情報を積極的に取り入れることが、製品開発の成功確度を飛躍的に高める鍵となります。本コラムが、皆様のより確実で効率的な製品開発の一助となれば幸いです。

>>お問い合わせはこちら

関連情報