【原理から理解】エンプラ選定、見落としがちな「長期信頼性」:光・摩擦との戦い方

【原理から理解】のコラムシリーズで、エンプラの基本的な性能である「耐熱性」、「機械的特性」、「寸法安定性」、そして「難燃性」、「耐薬品性」について、その違いが分子レベルの原理に根差していることを見てきました。部品設計においてこれらの特性はもちろん重要ですが、製品が実際に長期間使用される環境を考えると、もう一歩踏み込んで考えるべき特性があります。それは、太陽光や風雨にさらされることによる「耐候性」、そして部品同士が擦れ合う部分で求められる「摺動性・耐摩耗性」です。これらは、製品の見た目の美しさを保つだけでなく、機能や安全性を長期にわたって維持するための「長期信頼性」に直結します。
今回のコラムでは、この「耐候性(特に紫外線による劣化)」と「摺動性・耐摩耗性」を取り上げます。なぜプラスチックは太陽光で劣化するのか? なぜ材料によって滑りやすさや削れにくさが違うのか? その「なぜ?」を、今回も分子の構造や挙動というミクロな視点から解き明かしていきます。光や摩擦という、目に見える、あるいは体感できる現象の裏にある分子の世界を探求し、より信頼性の高い製品設計を目指しましょう。
太陽光という見えざる敵 ~プラスチックと紫外線の化学~
屋外で使われるプラスチック製品が、時間とともに色褪せたり、表面がボロボロになったりするのを見たことがあるでしょう。これは主に太陽光に含まれる紫外線(UV)が原因です。まず、「耐候性」と紫外線の関係を理解しましょう。
耐候性とは?
屋外環境には、太陽光(紫外線、可視光線、赤外線)、温度変化、水分(雨、湿度)、酸素、大気汚染物質などが存在します。これらの要因が複合的に作用して材料を劣化させることへの抵抗力が「耐候性」です。その中でも、特にプラスチックの劣化に大きな影響を与えるのが紫外線です。
紫外線(UV)とは?
太陽光に含まれる光の一種で、可視光線よりも波長が短く、高いエネルギーを持っています。このエネルギーが、プラスチックの分子構造にダメージを与える「犯人」なのです。
紫外線による劣化メカニズム(光酸化劣化)

では、紫外線は具体的にどのようにプラスチックを劣化させるのでしょうか? そのプロセスは、化学反応の連鎖です。
エネルギー吸収と結合切断: プラスチック分子中の特定の化学結合や構造が紫外線のエネルギーを吸収します。エネルギーが高すぎると、分子鎖の化学結合が切断されてしまいます。
ラジカル生成: 結合が切れると、「ラジカル」という非常に反応性の高い不安定な分子(または原子)が生成されます。
自動酸化サイクル:このラジカルが空気中の酸素と反応し、さらなるラジカルを生み出す連鎖反応(自動酸化)を引き起こします。このサイクルが回ることで、劣化がどんどん進行します。
分子構造の変化と物性低下:この連鎖反応の結果、プラスチックの分子鎖が切断されたり(低分子量化→脆くなる)、逆に分子鎖同士が異常に結合(架橋→硬くなるが、もろくなることも)したりします。また、分子構造の変化により、色を持つ部分(発色団)が生成され、変色(特に黄変)が起こります。
これらの変化が、目に見える劣化現象、例えば変色(黄ばみなど)、表面の光沢低下、チョーキング(表面が粉状になる)、ひび割れ、そして強度や伸びといった機械的特性の低下(脆化)として現れるのです。
なぜ材料によって「日焼け」のしやすさが違うのか?
すべてのプラスチックが同じように紫外線で劣化するわけではありません。その「日焼け」のしやすさ=耐光性(耐候性の一部)は、分子構造に大きく依存します。
【汎用プラスチックの耐候性】
一般的に、汎用プラスチックは屋外での長期使用には注意が必要です。
PE(ポリエチレン)、PP(ポリプロピレン)
主鎖は炭素-炭素単結合で構成されており、本来は紫外線を吸収しにくい構造です。しかし、製造過程で残存する触媒の不純物や、使用中にわずかに生成する酸化物(C=O結合など)が紫外線を吸収し、そこを起点として劣化が始まります。また、分子鎖を繋ぐ力が弱いため、一度劣化が始まると進みやすい傾向があります。そのため、屋外用途では紫外線吸収剤や光安定剤(HALS)といった添加剤の配合がほぼ必須となります。
PS(ポリスチレン)、ABS樹脂
分子内にベンゼン環(PS、ABS)や二重結合(ABSのブタジエンゴム部分)を含んでおり、これらが紫外線を吸収しやすいため、比較的劣化しやすい材料です。特に黄変が顕著に現れます。
PVC(塩化ビニル)
紫外線エネルギーによって、分子から塩素(Cl)が引き抜かれる「脱塩化水素反応」が促進され、分子構造が変化し劣化(変色、脆化)します。これも安定剤の添加が重要です。
【エンプラの耐候性】
エンプラの中にも、耐候性に優れるものとそうでないものがあります。「エンプラだから大丈夫」とは一概に言えません。
芳香環を持つエンプラ(例:PC, PAの一部, m-PPEなど)
分子内に多くのベンゼン環などの芳香環を含むものは、紫外線を吸収しやすい傾向があります。しかし、吸収したエネルギーを熱などに変換して無害化する能力が高いものや、構造自体が安定しているものもあります。例えば、m-PPEは比較的良好な耐候性を示します。一方で、PC(ポリカーボネート)や一部のPA(ポリアミド)は、紫外線によって黄変しやすいという弱点も持っています。
POM(ポリアセタール)
主鎖に酸素原子を含むアセタール結合(-O-CH2-O-)があり、この部分が紫外線の影響を受けやすく、耐候性はあまり良くないとされています。屋外使用にはUV対策グレードの選定や塗装などの表面保護が推奨されます。
PBT(ポリブチレンテレフタレート)
エステル結合が紫外線や水分の影響を受けるため、耐候性は万全とは言えません。
耐候性は、プラスチックの種類だけでなく、グレード(UV安定剤などの添加剤の有無や種類)、そして色(顔料や染料の種類。カーボンブラックは優れたUV遮蔽効果を示す)によっても大きく左右されます。屋外で使用する部品の材料を選ぶ際は、必ず耐候性(耐光性)に関するデータを確認し、必要であれば耐候性に優れたグレードを選定したり、塗装やコーティングといった表面処理を検討したりすることが不可欠です。
滑らせる、削らせない技術 ~プラスチックと摩擦・摩耗の科学~
次に、ギアや軸受、ガイドレールなど、部品同士が接触しながら動く「摺動(しゅうどう)部」で重要となる「摺動性」と「耐摩耗性」について見ていきましょう。
摺動性とは
物が接触しながら滑るときの「滑りやすさ」を示す性質です。具体的には、摩擦係数が小さいこと、そしてスティックスリップ(滑ったり止まったりを繰り返すギクシャクした動き)が起きにくいことなどが求められます。
耐摩耗性とは?
摩擦によって材料表面が削れていく「摩耗」に対する抵抗力、つまり「削れにくさ」を示す性質です。摩耗には、相手材との間で分子レベルのくっつき(凝着)が起きて引き剥がされる凝着摩耗、硬い突起や粒子で引っかかれるアブレシブ摩耗、繰り返し応力で表面が疲労破壊する疲労摩耗など、様々なメカニズムがあります。
プラスチックの摺動性・耐摩耗性を決める要因
これらの性質は、以下のような分子レベル・材料レベルの要因によって決まります。
分子構造の滑りやすさ: 分子鎖自体が直線的で柔軟、かつ分子間の相互作用が適度であると、滑りやすくなる傾向があります(例:PTFE、PE)。
表面エネルギー: 表面エネルギーが低い材料は、他の物質とくっつきにくいため、凝着が起こりにくく、摩擦係数が低くなる傾向があります。
自己潤滑性: 材料自体が潤滑成分を持つ、あるいは摩擦によって潤滑性のある分解生成物を生じる場合、摺動性が向上します。
機械的強度・硬さ・靭性: 材料が硬く、強く、そして粘り強い(靭性が高い)ほど、アブレシブ摩耗や疲労摩耗に対して強くなります。
分子間力・結晶性: 分子間力が強く、結晶性が高い(分子が緻密に詰まっている)ほど、分子が引き剥がされにくく、耐摩耗性が向上します。
分子量: 一般的に、分子量が高い(分子鎖が長い)ほど、分子鎖の絡み合いが強くなり、耐摩耗性が向上する傾向があります(例:超高分子量ポリエチレン)。
なぜ材料によって滑りやすさ・削れにくさが違うのか? (摺動性・耐摩耗性)
これらの原理を踏まえて、汎用プラスチックとエンプラの摺動性・耐摩耗性の違いを見てみましょう。
【汎用プラスチックの摺動性・耐摩耗性】
汎用プラスチックは、一部を除き、摺動部品としての使用には限界があることが多いです。
PE(ポリエチレン)
特に超高分子量ポリエチレン(UHMWPE)は、非常に長い分子鎖が絡み合い、かつ分子自体の滑りやすさから、優れた自己潤滑性と耐摩耗性を示します。食品工場のライン部品や人工関節などにも使われます。ただし、一般的なPEは耐熱性や硬さが低いため、用途は限られます。
PP, PS, PVC, ABS
これらは一般的に、摩擦係数がそれほど低くなく、摩耗もしやすいため、本格的な摺動用途にはあまり適していません。
【エンプラの摺動性・耐摩耗性】
エンプラには、優れた摺動性・耐摩耗性を持つものが多く、「自己潤滑性プラスチック」とも呼ばれます。
POM(ポリアセタール)
バランスの取れた機械的強度、高い結晶性による表面硬度、そして良好な自己潤滑性を兼ね備え、代表的な摺動材料として広く使われています。摩擦係数が低く安定しており、耐摩耗性、耐疲労性にも優れます。ギア、カム、ローラーなどに最適です。
PA(ポリアミド、ナイロン)
POMと同様に自己潤滑性があり、特に靭性が高いため、衝撃が加わるような環境での耐摩耗性に優れています。また、相手材を傷つけにくいという特徴もあります。ただし、第1弾で解説したように吸水による寸法変化や物性変化には注意が必要です。
PBT(ポリブチレンテレフタレート)
摺動性はPOMやPAに比べるとやや劣る場合もありますが、寸法安定性や耐薬品性に優れるため、環境によっては選択肢となります。
PC(ポリカーボネート)
透明で耐衝撃性に優れますが、表面が比較的柔らかく傷つきやすいため、耐摩耗性はあまり高くありません。摺動用途にはあまり向きません。
m-PPE(変性ポリフェニレンエーテル)
主に寸法安定性や耐熱性が求められる用途で使われ、摺動材料としての利用は一般的ではありません。
高機能化と選定のポイント
さらに高性能な摺動性が求められる場合、ベースとなるエンプラにPTFE(フッ素樹脂、テフロン®の商標で有名)、二硫化モリブデン、グラファイト、シリコーンオイルといった潤滑剤や、アラミド繊維、ガラス繊維などの強化材を配合した「摺動グレード」が数多く開発されています。これらを選ぶことで、摩擦係数を大幅に低減したり、耐摩耗性を格段に向上させたりすることが可能です。ただし、摺動特性は、相手材の種類(金属か、別のプラスチックかなど)、使用条件(荷重、速度、温度、雰囲気、潤滑油の有無)によって大きく変化します。材料選定の際には、これらの条件を考慮し、必要であればPV値(接触圧力 P × 滑り速度 V)などの指標を参考に、実際の使用条件に近い形での評価を行うことが重要です。
まとめ
今回のコラムでは、プラスチック製品の「長期信頼性」に関わる「耐候性(紫外線劣化)」と「摺動性・耐摩耗性」について、その劣化や摩耗が起こるメカニズムと、材料による違いが生まれる原理を分子レベルから探求しました。耐候性は、主に紫外線エネルギーによる分子鎖の切断や化学反応が原因であり、分子構造(紫外線の吸収しやすさ、結合の強さ)や添加剤の有無によって大きく左右されます。摺動性・耐摩耗性は、分子構造の滑りやすさ、分子間力、結晶性、硬さ、靭性などが複合的に影響し、POMやPAといった自己潤滑性に優れるエンプラが存在する一方で、摺動グレードによる高性能化も進んでいます。
これらの特性もまた、これまでのコラムで解説した「分子鎖の構造」「分子間力の強さ」「集まり方(結晶/非晶)」といった基本的な原理と深く結びついていることがお分かりいただけたかと思います。
製品がどのような環境で、どのように使われるのか(屋外か屋内か、固定されているのか動くのか、何と接触するのか)を具体的に想定し、要求される性能を満たす材料を原理に基づいて選定することが、長期にわたって顧客に満足いただける製品を生み出す鍵となります。
この3回にわたるコラムシリーズでは、プラスチックの主要な特性について、その「なぜ?」を分子レベルの原理から解説してきました。この視点が、皆さんの材料理解を深め、より的確な材料選定やトラブルシューティングに繋がる一助となれば幸いです。
材料の持つポテンシャルを最大限に引き出すためには、適切な材料選定だけでなく、その材料に最適な成形加工を行うことが不可欠です。当社は、射出成形メーカーとして、豊富な材料知識と高度な成形技術を駆使し、お客様の製品開発を構想段階からサポートいたします。材料選定に関するお悩みや、加工に関するご相談がございましたら、どうぞお気軽にお声がけください。